あれ…。私、もしかして眠っていた…?
ぼんやりとした意識の中で夕食という言葉が頭に掠る。
急いで時間を確認すれば、もう夕食が終わっていてもおかしくない時間になっていた。しまった。少しばかり休むつもりがこんなにも眠ってしまうなんて。初日でこんな初歩的なへまをしてしまうなんて想定外だ。でも、これで常識のない娘だと思われ失望されるのも良いのかもしれない。そんなことを考えながら、急いで旦那様の元へと向かう。
旦那様の部屋まで着くと、急いで呼吸を整える。

「失礼いたします。文乃です。」

「入って良いぞ」

「失礼いたします。…あの、夕飯のことですが…もう終わってしまいましたよね。私の食事は大丈夫ですので、旦那様はこのままお休みください。」

それでは、と言おうとすると

「ちょっと待った。まだ私も食事が済んでいない。一緒に食べるぞ。」

「え?ですが、もう夕飯のお時間はとっくに…。」

「お前が来るまで、待っていたんだ。せっかく今日からここで暮らすんだ、食事も一緒に済ませたいと思ってな。だから今から食べに行こう。」

驚きすぎて声が出ない。わざわざ私を待っていた…?こんな時間まで?明日はお仕事で早く体を休ませたいはずなのに…。表情を伺うところ、怒っている様子もない。嫌われなど、一ミリもされていないようだった。すこしばかり残念のような複雑な感情を持ちながらも、素直に感謝し、食事処へと向かった。

「今日は、お前が煮物を好きと聞いていたのでな、煮物にしてくれと頼んでいたんだ。いつも献立は家のものに任せているが、今日ばかりは献立が分かっているから腹が空くな。文乃は、どうだ?腹は減っているか?」

「わざわざそんなことまで…。嬉しいですが、本当に申し訳ないです。お腹が空いているのにも関わらず私のせいでお待たせさせてしまうなんて。」

「文乃はよく謝るんだな。そんなに謝るな、謝ることじゃない。これは私がしたくてしたことだ。お前が気にすることなんてひとつもない。食いたかったらいつもの時間に食ってるし、いつものものが食べたかったらいつも通り献立に口を出したりしない。でも私がお前と一緒に過ごす日々の中でそうしたいからこうしているのだ。それについて、何か文句でもあるのか?」

「い、いえ文句などありません…。」

それ以上は一切反論することができないまでに言いくるめられてしまった。そんな会話をしているうちに食事処にも着き、各々席に着き少しばかり冷めてしまったが、温め直してもらった温かいご飯を食べ始める。
そんな食事を取っていると同時に、少し気になることがあった。

「あの、お食事中すみません。その、どうして旦那様は私にそこまでして下さるのですか?まだ互いの事もほとんど知りません。そんな相手になぜそこまで…。」

「そんなの決まってじゃないか。将来、一生一緒に過ごす嫁のためだ。そんな大切な人に、いやな気持ちや苦労はかけさせたくないだろう?まぁ、お前は私のことを嫌っていて困らせたくて仕方がないのだったらこの気持ちは分からないだろうけどな。」

そう言って、旦那様は笑っていた。そして、私の好物の煮物を美味しそうに頬張っていた。
この煮物、美味しい…。実家の味とはまた違うがこれもまた違った味でとても美味しい。旦那様が、わざわざ私のために夕飯を考えてくれただけでもありがたいのに、なんと遅れてしまった私のことを待っていてくれたなんて…。正直、信じられなかった。いくら生涯を共に過ごす予定の夫婦であろうと、まだよく知りもしない私にここまでしてくれるだなんて。
また、恵まれた環境に来てしまった。どうして、私は望んでいないのに関わらずこんなにも温かい人たちに巡り合ってしまうのだろう。私は罪滅ぼしをしたいだけなのに。そんな思いとはちぐはぐな自分の人間関係について考えながら、旦那様と時折言葉を交わしてその日の食卓は終わった。

「とても美味しかったです。ありがとうございます。」

「喜んでもらえたみたいで良かった。あ、朝食は七時にここに来てくれ。明日こそ、時間を忘れるなよ。」

そう言って旦那様はいたずっこのような可愛らしい笑みを見せながらそう告げた。

「なんだか、楽しそうですね。」

思わず声に出てしまった。

「え、あ、そうか?しまったな、お前が美味しそうに煮物を食べている姿を見たら、なんだか嬉しくてつい浮かれてしまったみたいだ。すまないな、かっこ悪いところを見せてしまって。」

「い、いえそんな。旦那様が嬉しいと感じてくださっていたのなら、良かったです。」

「そうか、なら良かった。では、先に風呂に入ってこい。疲れているんだろう?基本的に風呂は私が先に入る順番にしようと思っていたが…今回は先に入るで大丈夫か?」

「旦那様は明日お仕事ですよね…?でしたら、待たせてしまったこともありますし、私はこれからと同じく旦那様の後で結構です。これ以上旦那様にご迷惑などかけれませんので。」

そう必死に伝えると、

「そうか…。では、今日も先に風呂に入らせてもらう。客人扱いするのも違うしな。文乃がそこまで言うのであれば、先に失礼する。終わったら呼びに行くから自室で少し待っていてくれ。」

「はい、わかりました。私のことなど気にせず、ゆっくりなさってきて下さいね。」

そう言ったのにも関わらず、旦那様はなるべく早く呼びに行く。などと言いながら行ってしまった。