嫁ぎ先の家まではそう遠くはなかった。家まで向こう方が迎えに来るという話だったが、大事にはしたくなかったため断った。そのため家の従者を連れて、荷物を持ってぼ-っと外の景色を眺めながら嫁ぎ先へと向かった。そうしている間、本当に何も考えていなかったため、気が付いたら運ばれて着いてしまった。
立派なお屋敷…。とつい心の声が漏れてしまう。
玄関先までで大丈夫と、従者から荷物を受け取る。ここからは私一人だけ。大丈夫。これからは、今までと違う生活。きっとたくさんの困難が待っているだろう。でも私はそれを苦としてはいけない。これは償い。
そう自分に言い聞かせ、屋敷の門をたたいた。
「ごめんください。一ノ瀬家からまいりました。一ノ瀬文乃と申します。間宮春秋様はございたくでしょうか。」
少しばかりの沈黙のあと、玄関の開く音とともに中年の女性が姿を現す。
「一ノ瀬様。お待ちしておりました。私間宮家に仕えております、高野と申します。これからは文乃様の元で働かせていただくことになっていますので、何かあれば私にお申しつけ下さいませ。」
そう言って深々と頭を下げらえ、思わずうろたえる。頭を上げるようにと言ったのち、間宮様のお部屋へと案内された。少しばかりの緊張感を持ちながらお部屋の前へと向かう。
「旦那様、文乃様がいらっしゃいました。」
「入れ。」
その言葉で部屋のふすまが開く。ひとつ深呼吸をし、部屋に足を踏み入れる。無駄のない自然な動作で立ち振る舞い、最初の挨拶として座礼をする。
「はじめまして。一ノ瀬家からまいりました、一ノ瀬文乃と申します。」
旦那様の言葉があるまでは、顔を上げない。
「面を上げよ。」
しばらくすると、男性特有ながらも少し高めの声が聞こえ、言われるままに顔を上げる。そこには端正な顔立ちの男性の姿があった。
「私は間宮家当主、間宮春明だ。文乃、今日からは婚約者としてよろしく頼むぞ。」
そう言葉を紡いだ旦那様は、最初の厳格な趣から打って変わり、優し気な笑みを見せた。その笑顔は巷で聞く噂通り、好印象そのものだった。
…私には、見合っていない。
それが第一印象であった。こんな素敵な殿方と私が婚約だなんて…どうして望んでいないのにもかかわらず、幸せが期待されるような婚約なのだろう。
私は、不幸になりたいのに…。ならなければ、ならないのに。
そんなことを考えていたら、いつの間にか沈黙の時間が流れてしまっていた。
「どうした?何か、不満や、聞きたいことでもあるのか?」
「い、いえ、少しばかり考え事をしてしまっていただけで…。勘違いをさせた上、お気遣いまでさせてしまい申し訳ありません。」
急いで呑気に考え事をしていたことを謝る。
「そう慌てて謝るな。安心しろ。そんなことで怒ったりなどしない。始めての場所で緊張したのだろう?何も気にすることはない。これからゆっくりとここの生活に慣れていけば良い。」
旦那様はそう言ってまた優しそうでありながらも無邪気な笑みを見せた。
こんな私に、あんな笑顔…。だめだ、どうしても思考がこんなことばかり考えてしまう。
気付かれないようそっと深く息を吐き、ばれないように幾度か深呼吸をする。旦那様と高野さんがいくつか会話をしたのち、高野さんからお声がかかった。
「文乃様、用意しておいたお部屋へご案内させていただきます。こちらへお越しくださいませ。」
「わざわざありがとうございます。旦那様も、お心遣いありがとうございます。」
「何を改まって礼など…。嫁に自室を与えるなんて当たり前のことだろう?」
不思議そうな顔でそう言われてしまい、またもや慌ててしまう。しまった、家では誰ともまともの話していなかったからどういう風に会話をすれば良いのか分からない…。このままでは旦那様に変な誤解をされてしまうかもしれない。
「す、すみません。実家以外での過ごし方にまだ慣れておらず少し緊張しておりまして…。」
これで誤魔化せただろうか。
「それもそうだな。すまないな、最初からいろいろと聞きすぎてしまった。今日はもう自室でゆっくりと休むといい。夕食はまた高野が呼びに行く。」
「お心遣い誠に感謝いたします。かしこまりました。では、後ほど失礼いたします。」
挨拶と少しばかりお話をして、私は旦那様のお部屋を後にし用意してもらった真新しい自室へと向かった。
立派なお屋敷…。とつい心の声が漏れてしまう。
玄関先までで大丈夫と、従者から荷物を受け取る。ここからは私一人だけ。大丈夫。これからは、今までと違う生活。きっとたくさんの困難が待っているだろう。でも私はそれを苦としてはいけない。これは償い。
そう自分に言い聞かせ、屋敷の門をたたいた。
「ごめんください。一ノ瀬家からまいりました。一ノ瀬文乃と申します。間宮春秋様はございたくでしょうか。」
少しばかりの沈黙のあと、玄関の開く音とともに中年の女性が姿を現す。
「一ノ瀬様。お待ちしておりました。私間宮家に仕えております、高野と申します。これからは文乃様の元で働かせていただくことになっていますので、何かあれば私にお申しつけ下さいませ。」
そう言って深々と頭を下げらえ、思わずうろたえる。頭を上げるようにと言ったのち、間宮様のお部屋へと案内された。少しばかりの緊張感を持ちながらお部屋の前へと向かう。
「旦那様、文乃様がいらっしゃいました。」
「入れ。」
その言葉で部屋のふすまが開く。ひとつ深呼吸をし、部屋に足を踏み入れる。無駄のない自然な動作で立ち振る舞い、最初の挨拶として座礼をする。
「はじめまして。一ノ瀬家からまいりました、一ノ瀬文乃と申します。」
旦那様の言葉があるまでは、顔を上げない。
「面を上げよ。」
しばらくすると、男性特有ながらも少し高めの声が聞こえ、言われるままに顔を上げる。そこには端正な顔立ちの男性の姿があった。
「私は間宮家当主、間宮春明だ。文乃、今日からは婚約者としてよろしく頼むぞ。」
そう言葉を紡いだ旦那様は、最初の厳格な趣から打って変わり、優し気な笑みを見せた。その笑顔は巷で聞く噂通り、好印象そのものだった。
…私には、見合っていない。
それが第一印象であった。こんな素敵な殿方と私が婚約だなんて…どうして望んでいないのにもかかわらず、幸せが期待されるような婚約なのだろう。
私は、不幸になりたいのに…。ならなければ、ならないのに。
そんなことを考えていたら、いつの間にか沈黙の時間が流れてしまっていた。
「どうした?何か、不満や、聞きたいことでもあるのか?」
「い、いえ、少しばかり考え事をしてしまっていただけで…。勘違いをさせた上、お気遣いまでさせてしまい申し訳ありません。」
急いで呑気に考え事をしていたことを謝る。
「そう慌てて謝るな。安心しろ。そんなことで怒ったりなどしない。始めての場所で緊張したのだろう?何も気にすることはない。これからゆっくりとここの生活に慣れていけば良い。」
旦那様はそう言ってまた優しそうでありながらも無邪気な笑みを見せた。
こんな私に、あんな笑顔…。だめだ、どうしても思考がこんなことばかり考えてしまう。
気付かれないようそっと深く息を吐き、ばれないように幾度か深呼吸をする。旦那様と高野さんがいくつか会話をしたのち、高野さんからお声がかかった。
「文乃様、用意しておいたお部屋へご案内させていただきます。こちらへお越しくださいませ。」
「わざわざありがとうございます。旦那様も、お心遣いありがとうございます。」
「何を改まって礼など…。嫁に自室を与えるなんて当たり前のことだろう?」
不思議そうな顔でそう言われてしまい、またもや慌ててしまう。しまった、家では誰ともまともの話していなかったからどういう風に会話をすれば良いのか分からない…。このままでは旦那様に変な誤解をされてしまうかもしれない。
「す、すみません。実家以外での過ごし方にまだ慣れておらず少し緊張しておりまして…。」
これで誤魔化せただろうか。
「それもそうだな。すまないな、最初からいろいろと聞きすぎてしまった。今日はもう自室でゆっくりと休むといい。夕食はまた高野が呼びに行く。」
「お心遣い誠に感謝いたします。かしこまりました。では、後ほど失礼いたします。」
挨拶と少しばかりお話をして、私は旦那様のお部屋を後にし用意してもらった真新しい自室へと向かった。