「文乃、起きているか。」
夕方、目を覚まし読書をしていると旦那様の声が聞こえた。
「はい、起きています。どうぞお入りになってください。」
そう言って、深く息を吸い込む。ここが正念場。しっかりしなくては。
「入るぞ。昼頃から体調を崩していたと聞いたが、大丈夫か?」
「はい、ゆっくり寝て安静にしていたのでもう大丈夫です。」
「そうか。それならよかった。では、話に入っても良いか。」
「はい、それで話というのは、何でしょうか…。」
「お前は、私が嫌いか?」
意外な質問だった。そして、それになんて答えれば良いのかもわからずしばし沈黙してしまう。
「答えたくないのであればそれで良い。私は…まだ心からお前のことを好いていると言えないと思う。だが、お前とならこれから先の人生を一緒に歩めると思っている。ゆっくりともっとお前のことを知っていき、私のことも知ってもらい、そうして互いの中を深めていきたいと思っている。正式な婚約も…もう視野に入れている。だからこそ知りたいんだ。お前がなぜそこまで自分を卑下したような物言いをするのか。なぜ常に寂し気で、何かを我慢するような表情を見せるのか。どんな理由でもいい。私は、もっとお前のことが知りたい。」
そう言って、旦那様は静かに私から出る言葉を待った。ここで、言ってしまえばいい。そうすればきっと奇妙な女だと思われて幻滅するだろう。全てさらけ出すだけ。簡単なこと。それを旦那様も望んでいるのだから、何も悪いことじゃない。
そう自分に言い聞かせながら、なぜか怖い。と思ってしまった自分の心に蓋をし言葉を連ねる。
「私は、前世の記憶を持ってこの世に生をもらいました。前世は、悪名高い鬼でした。何人もの人間を食らい、人々に恐怖と悲しみをもたらして生きていた最悪の鬼です。そんな、記憶を持って生まれてしまった私は幼少期から何度もそのころの記憶の悪夢を見てきました。人々が泣き叫ぶ中、笑っている私。毎回同じような悪夢にうなされ、涙を流して目を覚ますのが当たり前になっていました。そんな日々の中、思ったのです。私は今世でこの罪を償わなければならないと。そうしなければきっとこの悪夢からも解放されないと思ったのです。だから両親の前でもずっと表情と心を殺して生きてきました。私は幸せになってはいけないから。両親は何度も私を笑顔にしようと様々なことをしてくれました。それでも、私は嬉しい素振りは一切しませんでした。そうしているうちに、父も母も段々と私に深く干渉することをやめていきました。そこからはずっと心を殺して、隠して生きていきました。少しでも自分に不幸がやってくるように。それを望んで生きていきました。そうしている間にあなた様との縁談が来たのです。本来は全く興味のないものでしたが、実家の環境は私にとって幸せ過ぎてしまった。だから、ここが実家よりもほんの少しでも不幸が降り注ぐ、嫌われることが出来るようなそんな場所だったら良いと思って私はここへ参りました。それが、この婚約の、私の全てです。このすべてを聞いて、さぞ幻滅されたことでしょう。頭がおかしいと思ってもらっても結構です。追い出したいのならそれでも結構です。どうぞ家の隅の薄暗い部屋に私を居ない者として扱ってください。」
これで、終わった。全て言い終えた。これできっと旦那様は私を愛することを諦めてくれるだろう。そう思ったとき、安堵と同時に何とも言えない苦みが口の中に広がった。
「…そうだったのか。文乃、お前にはそんな辛い思いがずっとあったのだな、。」
「…え?なぜ、疑わないのですか?気持ち悪いと、意味の分からないことを言っている女だと言わないのですか。」
「お前、今自分がどんな顔をして話していると思っているんだ。…苦しそうで、今にも泣きだしそうな、そんな顔をしているんだ。そんな顔を見て、今の言葉が嘘だなんて思うと思うか?私を甘く見るな。これまでどんなにたくさんの人と関わってきたと思っているんだ。このことが嘘か嘘ではないのかぐらい、簡単に分かるんだからな。」
そう言って、旦那様はなぜか悔しそうなお顔をされていた。そして、蓋をしていたはずなのに、私の頬を流れる温かいものがあった。
「え…なんで、涙が、。どうして…。」
とめどなく溢れて止まらない涙を止めたいと必死に思いながら顔を覆っていると、不意に全身が温かいもので包まれた。旦那様に、抱きしめられていた。
「お前はもう、苦しまなくていい。もう十分ではないか。自分の心を殺し、本当は好きでいた家族の愛をも拒絶してこれまで生きてきたのだ。これ以上、もうそんな悲しい顔をしないでくれっ…。」
「旦那様に何が分かるのですか!私は、ただこの罪滅ぼしがしたいだけなのです。過去に起こした過ちを許してもらいだけなのです。」
「なぜおまえがやらなくてはいけないのだ。今のお前がした罪ではないだろう。それなのになぜそこまでするんだ…もう悪夢が見たくないのであれば、私がそんな悪夢などもう見なくなるほど沢山の楽しい幸せと思える記憶を作ってやる。それでも悪夢を見るというのであれば、辛くなった時にいつでも傍に居てやる。夜中であろうと私の部屋へ来い。お前が落ち着くまで、朝までだって一緒に居てやる。だからもう、苦しまないでくれ…。」
「どうして、そこまでなさってくれるのですか…。なぜ、どうしてですか?まだほぼ私のことなど知らないというのに…。」
「言ったであろう。私は文乃、お前と生涯を共にしたいと思っているのだ。そんな相手の幸せを願って行動することの何がおかしい。私は全てを打ち明けてくれたお前を、見放したりなんか絶対にしないからな。」
私は、本当に馬鹿だ。不幸を願ってここに来たのに。それなのに、こんなにも愛されてしまうなんて。幸せに、なってしまうだなんて。本来の目的はどうした。嫌われるどころか生涯を共にするとまで言われてしまった。私は、本当にこのまま幸せになっても許されるのだろうか。
「旦那様、私は、本当に良いのでしょうか。本当に、幸せになっても良いのですか…?」
大粒の涙を拭くことももう諦め、私はずっとこことに秘めていた、誰かに言ってもらいたかった言葉を聞く。
「当たり前だ。もう、幸せになっていいんだぞ。そして、私の傍で笑っていてくれ。」
その言葉を聞いて、私はもう限界だった押し殺していた声を出して泣いた。それはもう小さな子供の様に。そうして泣いている間も、旦那様はずっと背中をさすってくれていた。私が落ち着くまで、ずっと。
そのあとは、ゆっくりと落ち着いて話をした。夕食も、温かいものを2人で口にした。
私は、まだ怖いと思っている。幸せになることが。でも、旦那様がいる限り、旦那様が傍で私を支えてくれている限り、私は今の私の幸せを願うことにした。
旦那様、私を愛してくれて、見つけてくれて、本当にありがとう。
これは、幸せを諦めた私が、幸せになろうとする物語。
夕方、目を覚まし読書をしていると旦那様の声が聞こえた。
「はい、起きています。どうぞお入りになってください。」
そう言って、深く息を吸い込む。ここが正念場。しっかりしなくては。
「入るぞ。昼頃から体調を崩していたと聞いたが、大丈夫か?」
「はい、ゆっくり寝て安静にしていたのでもう大丈夫です。」
「そうか。それならよかった。では、話に入っても良いか。」
「はい、それで話というのは、何でしょうか…。」
「お前は、私が嫌いか?」
意外な質問だった。そして、それになんて答えれば良いのかもわからずしばし沈黙してしまう。
「答えたくないのであればそれで良い。私は…まだ心からお前のことを好いていると言えないと思う。だが、お前とならこれから先の人生を一緒に歩めると思っている。ゆっくりともっとお前のことを知っていき、私のことも知ってもらい、そうして互いの中を深めていきたいと思っている。正式な婚約も…もう視野に入れている。だからこそ知りたいんだ。お前がなぜそこまで自分を卑下したような物言いをするのか。なぜ常に寂し気で、何かを我慢するような表情を見せるのか。どんな理由でもいい。私は、もっとお前のことが知りたい。」
そう言って、旦那様は静かに私から出る言葉を待った。ここで、言ってしまえばいい。そうすればきっと奇妙な女だと思われて幻滅するだろう。全てさらけ出すだけ。簡単なこと。それを旦那様も望んでいるのだから、何も悪いことじゃない。
そう自分に言い聞かせながら、なぜか怖い。と思ってしまった自分の心に蓋をし言葉を連ねる。
「私は、前世の記憶を持ってこの世に生をもらいました。前世は、悪名高い鬼でした。何人もの人間を食らい、人々に恐怖と悲しみをもたらして生きていた最悪の鬼です。そんな、記憶を持って生まれてしまった私は幼少期から何度もそのころの記憶の悪夢を見てきました。人々が泣き叫ぶ中、笑っている私。毎回同じような悪夢にうなされ、涙を流して目を覚ますのが当たり前になっていました。そんな日々の中、思ったのです。私は今世でこの罪を償わなければならないと。そうしなければきっとこの悪夢からも解放されないと思ったのです。だから両親の前でもずっと表情と心を殺して生きてきました。私は幸せになってはいけないから。両親は何度も私を笑顔にしようと様々なことをしてくれました。それでも、私は嬉しい素振りは一切しませんでした。そうしているうちに、父も母も段々と私に深く干渉することをやめていきました。そこからはずっと心を殺して、隠して生きていきました。少しでも自分に不幸がやってくるように。それを望んで生きていきました。そうしている間にあなた様との縁談が来たのです。本来は全く興味のないものでしたが、実家の環境は私にとって幸せ過ぎてしまった。だから、ここが実家よりもほんの少しでも不幸が降り注ぐ、嫌われることが出来るようなそんな場所だったら良いと思って私はここへ参りました。それが、この婚約の、私の全てです。このすべてを聞いて、さぞ幻滅されたことでしょう。頭がおかしいと思ってもらっても結構です。追い出したいのならそれでも結構です。どうぞ家の隅の薄暗い部屋に私を居ない者として扱ってください。」
これで、終わった。全て言い終えた。これできっと旦那様は私を愛することを諦めてくれるだろう。そう思ったとき、安堵と同時に何とも言えない苦みが口の中に広がった。
「…そうだったのか。文乃、お前にはそんな辛い思いがずっとあったのだな、。」
「…え?なぜ、疑わないのですか?気持ち悪いと、意味の分からないことを言っている女だと言わないのですか。」
「お前、今自分がどんな顔をして話していると思っているんだ。…苦しそうで、今にも泣きだしそうな、そんな顔をしているんだ。そんな顔を見て、今の言葉が嘘だなんて思うと思うか?私を甘く見るな。これまでどんなにたくさんの人と関わってきたと思っているんだ。このことが嘘か嘘ではないのかぐらい、簡単に分かるんだからな。」
そう言って、旦那様はなぜか悔しそうなお顔をされていた。そして、蓋をしていたはずなのに、私の頬を流れる温かいものがあった。
「え…なんで、涙が、。どうして…。」
とめどなく溢れて止まらない涙を止めたいと必死に思いながら顔を覆っていると、不意に全身が温かいもので包まれた。旦那様に、抱きしめられていた。
「お前はもう、苦しまなくていい。もう十分ではないか。自分の心を殺し、本当は好きでいた家族の愛をも拒絶してこれまで生きてきたのだ。これ以上、もうそんな悲しい顔をしないでくれっ…。」
「旦那様に何が分かるのですか!私は、ただこの罪滅ぼしがしたいだけなのです。過去に起こした過ちを許してもらいだけなのです。」
「なぜおまえがやらなくてはいけないのだ。今のお前がした罪ではないだろう。それなのになぜそこまでするんだ…もう悪夢が見たくないのであれば、私がそんな悪夢などもう見なくなるほど沢山の楽しい幸せと思える記憶を作ってやる。それでも悪夢を見るというのであれば、辛くなった時にいつでも傍に居てやる。夜中であろうと私の部屋へ来い。お前が落ち着くまで、朝までだって一緒に居てやる。だからもう、苦しまないでくれ…。」
「どうして、そこまでなさってくれるのですか…。なぜ、どうしてですか?まだほぼ私のことなど知らないというのに…。」
「言ったであろう。私は文乃、お前と生涯を共にしたいと思っているのだ。そんな相手の幸せを願って行動することの何がおかしい。私は全てを打ち明けてくれたお前を、見放したりなんか絶対にしないからな。」
私は、本当に馬鹿だ。不幸を願ってここに来たのに。それなのに、こんなにも愛されてしまうなんて。幸せに、なってしまうだなんて。本来の目的はどうした。嫌われるどころか生涯を共にするとまで言われてしまった。私は、本当にこのまま幸せになっても許されるのだろうか。
「旦那様、私は、本当に良いのでしょうか。本当に、幸せになっても良いのですか…?」
大粒の涙を拭くことももう諦め、私はずっとこことに秘めていた、誰かに言ってもらいたかった言葉を聞く。
「当たり前だ。もう、幸せになっていいんだぞ。そして、私の傍で笑っていてくれ。」
その言葉を聞いて、私はもう限界だった押し殺していた声を出して泣いた。それはもう小さな子供の様に。そうして泣いている間も、旦那様はずっと背中をさすってくれていた。私が落ち着くまで、ずっと。
そのあとは、ゆっくりと落ち着いて話をした。夕食も、温かいものを2人で口にした。
私は、まだ怖いと思っている。幸せになることが。でも、旦那様がいる限り、旦那様が傍で私を支えてくれている限り、私は今の私の幸せを願うことにした。
旦那様、私を愛してくれて、見つけてくれて、本当にありがとう。
これは、幸せを諦めた私が、幸せになろうとする物語。



