彼女が真実を歌う時



「先ほど大宮さんが歌った『結婚式行進曲』は違うっぽいですね」


そもそもこの膨大なおたまじゃくしの中から『ソドシラ』という並びの音階を探していくのは無理難題なことではないのだろうかと再び日菜は頭を抱えた。

宝探しのように『ソドシラ』の音階の並びを見つけたからといって必ずしもそれが花田瑠衣歌の居場所に繋がるか怪しい。
だが、捜査なんてほとんどの確率で意味のないことだということは日菜は痛いほど分かっていた。
いくら血眼になって小さなかけらのような証拠を探しても、それが結果につながったことはほとんどない。


「この『扉が開いたら、愛の歌』ってのが結婚式のことだとして、『また小さな公園で歌おう』ってのはなんだ?」


「思い出の場所ってことですかね、結婚式をあげる2人がよく行っていた公園、とか」


「だとするとこの投稿は自分自身のことだと仮定して、花田には結婚する相手がいたってことか?19歳で顔出ししてないにしても芸能人だぞ」


「うーん」


ぴんとこない。日菜は彼女が残した1つの投稿をじっと見つめた。見つめたところで真実が分かるわけではないが、彼女が失踪する前にどんな気持ちでこの言葉を吐き出したのか理解したいという思いが募っていく。


「歌姫に何があったのか、死んでるのか生きてるのかまだ何もつかめていないが、1つ気になることがあってな」


大宮が自らの髪を少し乱してため息をついたあと、数枚が束になっている捜査資料を日菜に差し出した。


「これは?」


「花田瑠衣歌が所属してる『ハルカゼスター』についてだ」


「何かあるんですか?」


「ない」


「え?」


「自分たちはクリーンな事務所だと大っぴらにしている、不自然なほどにな」


「どういうことですか?」


日菜は捜査資料を目で軽く追いながら大宮の言葉に耳を傾ける。


「まあ稼ぎ頭ってのもあるだろうが花田についての捜査協力も積極的にするし、調べたところバックに危ないやつらがついてるわけでもない」


1枚、紙をめくって日菜は手をとめた。
そうだこの事務所は数年前1人のアーティストを失っている。

「過去にカリンっていう歌手いただろ、3年前に自殺した」

「はい」

「自殺の理由覚えてるか」

大宮は分かっているくせに日菜に答えさせようとする。嫌なことから目を逸らすな、逃げるなと言われている気がした。
大きな扉は簡単に開くはずなのに力を込めてこじ開ける勇気が出ない。ふと、日菜の頭の中で過去の情景が蘇る。

茶色い扉、中からきこえる悲痛な叫び、助けたいのに助けられない。いつも思い出して我にかえる。そうか、私は閉じ込められた彼女を助けるためにここまできたのだと。いくらもがいても自分の中の罪悪感は消えない、そんなことは分かっていた。


「ネットによる誹謗中傷、脅迫などにより精神を追い込まれたことによる自殺」

「ああ、そうだ。カリンは失踪後、事務所近くのホテルで首を吊って自殺」

「ヒルイも同じようにするかもしれないって言いたいんですか?」

「可能性としてはあるが、今はそこじゃない。ハルカゼスターのことについてだ」


大宮はコーヒーを飲み干して近くにあるゴミ箱に投げ入れたあと日菜が握っている捜査資料を手にとり、ぱらぱらとめくった。


「カリンが誹謗中傷の被害にあう前に出るはずだった記事があったらしい」


「記事?」


「売り出しの男性アイドルが薬物の売買してるっていう噂の記事だ。事務所はその記事を金で揉み消した。そんでなぜか根も歯もない理由でカリンの誹謗中傷が始まる」

大宮の言葉には大きく引っかかることがある。日菜は「それって」と低い声を出す。そんなの、まるで。


「どう考えても火消しだよな。そんでこの男性アイドルは事務所を退所したあと行方は分かってない」


「カリンの件と今回の件が何か繋がっている可能性は?」


「どうだろうな」


大宮はまだ何かを言いたげな表情で、捜査資料を見つめていた。


「事務所は問題を起こした者は容赦なくきってる。だからクリーンだと言い張れる」

「はい…」

「そこから行方不明になろうが犯罪者になろうが知ったこっちゃない」


「事務所を退所した人たちが今どうしているか調べていきますか?私、手伝います」


日菜の言葉に大宮は「いや」と首を横に振った。


「俺はハルカゼスターについて引き続き調べる、お前はその投稿についてと、音楽療法士が引っかかってんならもう一回話を聞いてこい。情報はお互い共有だ、いいな。俺より先に手柄あげんなよ」


やはりこの人はどこまでいっても、一言多くデリカシーのない、そして尊敬する上司だと日菜は小さく笑った。