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九条の元にあらわれたのは、1人の金髪の少女だった。
大人びた雰囲気になったな、と九条は思う。
扉を開けて入ってきた少女にまずなんと声をかけたらいいのか九条は迷う。
ゆっくりと瞬きをして、九条は口を開く。

「これから、どうするつもりですか花田さん」

音楽療法士として、九条は少女に接した。
それ以外少女との関わりはないに等しかったからだ。なのになぜ、少女は、花田瑠衣歌は、自分に空のCDを渡したのだろう。


「まだ何も決めてないです。事務所も潰れちゃうし、また細々と音楽作ろうかな」

「吃音、でていないですね」


花田瑠衣歌はよく言葉がつまってつっかえることが多かったが九条の前でみせた姿は見違えるほど堂々としていた。

「まだ緊張する時は出ちゃうけど、色々終わったから肩の荷が降りたのかな」

「肩の荷って、まだまだ若いのに」

「九条先生だって若いじゃない」

クスクスと笑った花田瑠衣歌。彼女は結局あの日、顔出しでの配信ライブをしなかった。


「なぜ、10月21日、歌わなかったんですか」

九条の問いに、花田瑠衣歌はゆっくりと口角を上げた。


「真実の歌は、ちゃんと届いてたから必要ないかなと思って」


「真実の歌?」


「若月さんや、九条先生が見つけてくれたでしょ。だから、必要ないかなと思って」


「まさか俺たちが田所ミチの復讐に気づかなかったら、顔出しの配信で注目を浴びてその時にカリンの件も含めて暴露しようとしてたんですか」

花田瑠衣歌が小さく頷く。
なぜ、そこまで花田瑠衣歌は真実を明かし、救い出すことにこだわったのか九条には分からない。
顔を顰める九条の前に花田瑠衣歌は何かを差し出した。
窓から入ってきた風にそれがゆらゆらと揺れている。


「なんですか」

「若月さんとデートでも行ってきてよ、先生」

「は?」

「わたし、一番救いたかった人、若月さんなの」


九条は驚いた瞳で花田瑠衣歌を見つめる。


「人から好きとか、そういう感情向けられるのたぶんトラウマになっちゃってるからさ、九条先生が救い出してあげてよ」


「…何言ってんだ」


「ふふ、素の九条先生みちゃった」


「あんまり、大人をからかうな」


九条はそう言いながらも自然と彼女から差し出されたそれを受け取っていた。
花田瑠衣歌は満足したように九条に背を向ける。

あの日のような不安や葛藤を抱えた背ではなかった。


「またお待ちしております」


彼女の足が止まる。振り返った彼女は笑っていた。

屈託のない笑みであった。




最終章『真実の歌』