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「組織犯罪対策課と合同で俺たちはミツハスタジオの地下へ向かう」

10月21日。
大宮は日菜を含めて数人の刑事にそう言った。皆、険しい顔して返事をする。
花田瑠衣歌が残した氷のレコードによってすべてが動き出した。
日菜が録音したデータは証拠として扱われ、一斉摘発へ向かっていた。


「花田瑠衣歌の顔出し配信については」

「浦井たちに任せてる」

日菜の言葉に大宮は力強くそう答える。

「ヒルイが顔出しをすれば、世間の注目が向く。それを利用してハルカゼスターの闇を公表する可能性だってある。俺たち以上に和田橋たちが必死にヒルイ探しをするはずだ。必ず先に花田瑠衣歌を見つけさせる」


「安心しろ」と日菜の肩を叩いた大宮。日菜は心の隅で引っかかっているものを大宮に吐き出した。


「花田瑠衣歌の音声には、田所ミチの復讐もまだ終わってないと」

大宮はその言葉に少し戸惑ったように瞳を泳がせた。

「田所ミチについては、細田朱莉への計画的殺人、および花田瑠衣歌の殺人未遂の容疑者となるが消息を掴めていないのが現状だ。

あの音声にあった、お前に渡しているライブのチケットってのはなんだったんだ」

日菜はそう言われ、真中から渡された『ヒダカモルン』のライブチケットを2枚差し出した。


「これです。ライブの日にちは今日、10月21日です。ボーカルはパン屋の時の女子高生、真中理音です」

「ここに田所ミチが現れる可能性は」

「あるとは思いますが、花田瑠衣歌が真中理音を使って何をしようとしているのかまでは分かりません。田所ミチが何をもって復讐としているのかも」

ライブのチケットを渡され、『あなたなら救える』そう日菜は言われていた。
正直何も分からなかった。この目で田所ミチが生きているところをみていないからだ。

日菜はポケットに入っている古びたそれを握りしめた。

ーーー何から救えばいい。

九条のその問いの答えは、10月21日になっても出なかった。

大宮は、訝しげにライブチケットをじっと見つめる。


「18時開始か。賭博の一斉摘発に踏み出してる時間だ。これ以上朝倉のような若い連中に罪を重ねさせてはだめだ、その思いはお前も同じだろう。

まずはハルカゼスターの闇から潰すぞ、田所ミチはその後だ」


現在、16時半。日菜は覚悟を決めた。大宮の言う通り、まずはハルカゼスターの闇から片付けるべきだ、と。
何もかもを同時には救えない。真実は定かでないものの花田瑠衣歌は生きており、それに加え花田瑠衣歌の協力者だとすれば真中も田所ミチの復讐の件をおそらく把握している。
ライブで何かが起こるとしたら、その対策も考えているはずだ。彼女たちを信じよう、と日菜は自身に言い聞かせた。


「じゃ、そろそろ行くぞ。気引き締めろ」

「はい」

そんな時であった日菜のスマホが揺れる。
画面に表示されたのは九条という文字である。
九条は、氷のレコードの後連絡はしなかった。これ以上危ない目にあわせるわけにはいかなかったからだ。

大宮や他の刑事たちが部屋を出ていくなか、日菜は迷いながらもスマホを耳に当てる。


「すみません、九条さん。今から賭博の件で一斉摘発に動くんです、あとでかけ直します」


「まて、田所ミチの件はどうなってる」


言葉を詰まらせた日菜に九条は何かを察したのか、小さな舌打ちをもらした。


「証拠が不十分なのは分かるが、田所ミチは殺人の容疑者だぞ」


「ええ、でも」

「今、花田瑠衣歌のSNSのアカウントが動いたんだ、画像を送ったからみてみろ」


そう九条に言われ、日菜は一度スマホを耳から離し九条から送られてきた画像を表示する。
ヒルイのアカウントによる顔出し配信の件かと日菜は思ったがどうやら違うようである。

一枚の画像と、SNSのアカウントのURL。
花田瑠衣歌が九条に最後にあった日に教えた『ルイカ』のSNSアカウントであった。

そして、画像にはルイカが『いいね』というハートボタンを押した履歴が表示されている。

投稿主は『ミドルシー』
ライブのチケットの転売のようなことを行なっておりその当選者のアカウントを投稿するかたちで発表していた。

【ことね。】@yana_kotone3333
10月21日17時からのヒダカモルンのライブに当選しました。

【ハヅキ】@haaz02aoya
10月21日17時からのヒダカモルンのライブに当選しました。



ことね。それから、ハヅキ。


「田所ミチをいじめた細田以外の2人の名前、覚えてたら言ってみろ」


ーーー柳田琴音

ーーー青谷葉月

日菜は一瞬息が詰まって、思わず口元に手をあてた。


「まさか」

「花田瑠衣歌が俺たちに復讐を止めさせようとしているとしたら、俺たちが行かない限り死人がでるぞ」

「でもライブには多くの人たちが来てるはず。そんな簡単には…」

「チケットの時間と、表示されてる2人の時間に1時間のズレがある」


九条にそう言われ、日菜は再度ライブチケットを視界に入れた。
開始時間は18時。そして、2人に表示されているライブ開始時間は17時となっている。
ぞわりと嫌な予感が日菜の体を蝕んでいく。

時計を見た。16時40分。


「若月、何やってんだ!早くしろ」


大宮がなかなか来ない日菜を見かねて一度戻ってきてそう言う。日菜は再びスマホを耳に当てた。


「九条さんは危ないので絶対に来ないでください」

「は?」

「もう、十分ですから。花田瑠衣歌も今日必ず見つかる。あとは私たちがなんとかします。協力、ありがとうございました」


日菜はそう言って一方的に電話をきり、駆け出した。




「大宮さん!」

車に乗り込もうとする大宮を引き止めた日菜。
大宮は若干イラついたように「なんだよ」と返事をする。
日菜は大宮の側までいき、頭を下げた。


「私、やっぱりヒダカモルンのライブ会場へ行ってきます」

「あ?」

顔を上げれば「勝手な行動は許さない」とすぐにでも怒鳴り散らしてきそうな大宮の顔が目にうつる。
日菜は怖気付きそうになりながらも、喉に力を込めた。刑事としてではなく、若月日菜として言葉を放った。


「田所ミチの復讐は、私にしか止められないと思います」

「お前なあ」

「先ほど、通報があったんです。ヒダカモルンの会場で殺人が起きるかもしれないって」

「通報って」

呆れたようにそう言った大宮。嘘だとバレている。
電話の相手は九条であったが、あれは紛れもなく『警告』であり、日菜が日菜として走り出さなければならない理由となる。そして、時間がないことは確かだ。
もうあの2人は会場についているかもしれなかった。

日菜は再び頭を下げた。勝手なことをしてクビになる覚悟もできていた。


「説教は全て終わってからききます!」

そう言って、日菜は大宮の言葉を待たずに走り出した。