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『ソドシラ、扉が開いたら、愛の歌、また小さな公園で歌おう』
日菜はたった1つの投稿により数日頭を抱えていた。
「そのアカウントが花田瑠衣歌のものだというのはどうやら本当だな」
「大宮さん」
日菜のスマホの画面を覗き込むように話しかけてきた大宮がコーヒーカップを持っている手から人差し指だけを浮かせた。
「花田瑠衣歌のパソコンからそのアカウントがつくられた履歴が残っていたそうだ」
「スマホは見つかってないんですよね」
「ああ。そもそも花田自身が見つかってないからな、おそらく電源を切って手に持って行動してるかどっかに捨てられてる。こっちとらスマホの位置情報も掴めてない」
ヒルイはどこにいるのだろうか。
この1つの投稿はヒルイの居場所の手がかりになるはずだと日菜は考えている。やはり九条という音楽療法士にもう一度話を聞くべきだと分かっているが、それは自分がやるべきことではないのかもしれない。きっと最後にみせたあの冷たい瞳を再度向けられて終わりだ。
「もう一度、九条さんに話をきくべきですよね」
「どうだろうな」
コーヒーを一口飲んだ大宮が渋い顔をする。
てっきり、怒らせようがなんだろうがもう一度話を聞いてこいと足蹴りされる覚悟はできていた。
「花田にとって音楽療法はいわば精神科に通うような感覚だったんだろう。不安障害などを抱えていたとしたら足繁く通うのもさほど違和感もないしな」
「じゃあなぜ私に聞き込みに行かせたのですか?」
「花田の歌手とは別の顔、プライベートな部分を知っているかもしれないと思ったからだ。だがそいつは自分をただの音楽療法士で花田自身のことを知ろうとは思わなかったと言ったんだろう。じゃあそれ以上掘ったって何もでやしない」
「SNSは知っていました」
「それだけだ」
「でも」
「珍しいな、そんなに引っかかるか、その音楽療法士が」
日菜は上げかけた腰を椅子に戻した。
引っかかる、それはもう金網にニットの毛糸が引っかかって前に進めないほど引っかかる。むやみに引っ張ればすべてぐちゃぐちゃになって取り返しのつかないことになりそうだということも日菜は理解している。
相手の小さな表情の変化を見逃すなと言ったのはこの先輩刑事である。だがそれがどのような表情、行動だったのか、四六時中録画をしていたわけではないので日菜の言葉で伝えなければならない。
日菜はそれが出来なかった。
出来なかったので、
「刑事の勘です」
そんなことを口走った。
生憎、大宮から頭をはたかれる。
「刑事になって2年ほどの小娘が何言ってんだ、アホか。あ、今のはパワハラじゃねえぞ、ツッコミだ」
さほど強い力ではないため日菜は「分かってますよ」と乱れた後頭部の乱れを手のひらで軽く整えた。
そして再度スマホの画面を明るくする。また理解し難い1つの投稿が視界に入ってくる。
「『扉が開いたら愛の歌』って何でしょうか」
「…思いつくのは、そうだな、結婚式か?ほら入場の時の感じ」
「なるほど。結婚式でよく流れる音楽ってどんなのでしたっけ」
私の問いに大宮は少し唸ったあと、鼻歌で何かを歌い出した。リズムをとるようにコーヒーカップに数回人差し指をぶつけた。
上司の鼻歌を初めて聞いたがそこそこ下手くそである。何を歌っているかは理解できるが、理解できるからこそその下手さに日菜は思わず笑いそうになる。
そして顔を隠すように俯きながら画面をスライドさせて検索画面を出した。
『結婚式 音楽 楽譜』
「これは結構メジャーなやつだよな、あと最近だとJPOPが多いんじゃないか?そうだな、ほら、あれだよテレビでよく流れるやつ」
「もう歌わなくていいです、大宮さん」
「んだよ、聞いたのお前だろ」
歌えなんて言ってないですけどね。という言葉は心にしまい日菜は大宮が先ほど歌った曲の楽譜を画面に出した。
「なんだ、お前楽譜読めんのか」
「…まあ、人並には」
『ソドシラ』という音階が愛の歌に掛けられているものだとしたらそれに当てはまるものを探せばいい。



