ーーーーーーーーー


雨が降ってきた。幼い少女は小さな体にしては大きく見えるギターを雨粒から避けるように守りながら川の近くにある古びたバス停の軒下に逃げ込んだ。


「わ」

ギターを気にかけながらだったため、軒下のベンチに人が座っているとは思わず、顔を上げた瞬間声をでる。

少女の声に気づいているであろうが、ベンチに座っている制服を着た女子高生は俯いている。髪の先から雫が地面に落ちて模様を作っていた。

少女はおそるおそる女子高生に近づく。

「あ、あの、大丈夫、ですか」

女子高生は顔を上げた。ずっと泣いていたのか目は充血しており虚な目で少女を見つめている。

そして、少女が手に持っているギターケースに視線をうつす。込み上げてくる感情を堪えるように女子高生の唇がへの字に歪んだ。


「ミチ…」


小さな声で放たれた言葉。女子高生が両手で顔を覆った。
少女は、何が何だか分からなかったが女子高生を放っておくことはできず、隣にあいた小さな隙間に座った。
自分の横にギターを立て掛けて、倒れないように片手で抑えながら女子高生の方を見る。

ひどいありさまだった。雨により髪や制服は濡れて、ボロボロの姿で泣いている。


「そっ、そのままじゃ、風邪、ひいちゃいますよ」

少女はそう言ったが反応はなかった。
どうしようか、と空から降り注ぐ雨粒に心の中で問いかける。当然答えなど返ってこない。
人と話す時、言葉がつっかえて思い通りに喋れないことが多い少女にとってこの状況は妙に肩があがった。

ふと、黒いケースに入ったそれを視界に入れる。

ーーー歌を歌っている時だけは違った。

しかし、それは自分の保身の術だった。一方的に歌って、自分がすっきりすればそれでいい。

その程度であった。誰かのためになどと考えたことはない。

ここで彼女と会う前までは。


少女はギターを取り出す。

ケースから取り出す時、弦が少し擦れて音が鳴った。
跳ねるように女子高生の顔が上がる。


「ギター、弾けるの?」

「うん」

「歌は歌う?」

「うん」

少女は頷いて、雨音に合わせるように指先で弦を弾いた。
女子高生はまた泣きそうな顔をした。
少女は隣の絶望を感じとって、逃げるように自身が奏でるギターの音色に集中した。


「…大切な人、いなくなっちゃった」

ギターの音の刹那に聞こえたそんな声。
少女は、音を止めた。

雨音が大きくなった気がした。


「なっ、なんで、いなくなっちゃったの」

「私のせい」

「お姉ちゃんが、大切な人に何かしちゃったの?」

悲しみのあまり言葉がでなくなったのか、こくこくと数回女子高生が頷いた。


「…強くなりたい」


脆くすぐに崩れていきそうな雰囲気だがどこか芯のある真っ直ぐさ、その女子高生の強い感情が少女の中に波を起こした。


「なっ、なんで強くなりたいの?」

「弱いから、親友を失った」

「お姉ちゃんは、どうやったら強くなれるの?」

「…分かんないよ」

「わっ、私が歌ったら、元気、でたりする?」


女子高生は、複雑そうな顔をした。少女はまたギターを弾き始める。
そして息を吸った。

不思議だった。自然と手が動き自然と言葉が出てくる。

ただ、感情をぶつけるだけの手段だった音楽。自分が誰かのために歌う時がくるなんて少女は思わなかった。

隣をみれば女子高生はまた泣いていた。何度も「ミチ」と誰かの名前を呼んでいる。

まだ雨はやまない。

何を歌ったら、この人は笑うのだろう。

どうやったら、この人を救えるのだろう。

少女の頭の中はそれだけだった。
必死に歌って伝えるが女子高生の絶望は晴れていない。
しかし少女が歌い終わったあと、女子高生は小さく手を叩いた。


「わたし、あなたの歌声すごく好き。小さい手なのにギターも弾けてすごいね」

「ち、ちゃんと、伝わった?元気になった?泣き止んだ?」

女子高生は「うん」と掠れた声を出して頷いてみせた。無理をしていることはなんとなく分かっていたが、それでも嬉しかった。
もっと、誰かの気持ちを動かせる歌を歌いたいと思った。

だが、まだ足りない。もっと歌えるようにならなきゃ、と少女は誓う。

女子高生が少女の頭を撫でた。誰かと重ねるように、もう会えない大切な人を思い浮かべるように、降りた手が少女のギターに触れる。


「音楽って、不思議だよね。普段言えないことも不思議と歌なら伝えられたりするしさ、私がもっと音楽に詳しかったら、ミチの気持ちも少しは分かってあげられたのかな」

「…お姉ちゃん」

「ごめんね、わけわかんないこと言って。なんかもう、私もどうしたらいいのか分からなくて」


「あっ、あの、」


少女は立ち上がった。
ギターを両手に抱えるように握りしめる。


「わっ、わたし、誰かを救えるような音楽つくるっ、だから、その時はきいてくれる?」


驚いたような表情をした女子高生は、瞳に涙を浮かべながら数回頷いた。頬を伝っていく雫をみて、少女は思い出す。


「お姉ちゃんのそれ、悲涙って言うんでしょ?」


「ひるい…?」


「悲しい涙で、悲涙」


女子高生は「悲涙」と小さく呟いて自分の頬の涙を指先で拭った。


「お姉ちゃんの悲涙が、やむように、私、歌うから、音楽いっぱい勉強して、たくさん曲つくって、誰かを救えるように」


だから、はやく




「雨、やむといいねお姉ちゃん」