音が乱れた。氷が溶けたことにより雑音が入り混じっていく。
氷が元通りにならないことは分かっていたが、日菜はどうにかならないものかとレコードに触れようとするが、ほとんどが液体となって半分ほどの細さへと変化してしまっていた。
「花田瑠衣歌は生きてる」
九条がまわり続けるそれを止めて、そう言った。
日菜は頷いた。
そうだ、花田瑠衣歌は生きている。きっと会って続きをきくことはできるはずだ。
驚く真実が詰め込まれている中、最後の日菜に向けての言葉が日菜自身の中で渦巻く。
彼女は、田所ミチを調べていくうちに自分にたどり着いた可能性もゼロではない。だが、そうだとしても最後の言葉が気になった。
若月さんなら、救えます。
あなたは私にとってーーーーーー
花田瑠衣歌にとっての、自分とは。
日菜は力が抜けてうなだれるようにしゃがみ込む。
真実が分かった安心感、それから花田瑠衣歌が無事であるという確信。渦巻く花田瑠衣歌の言葉。
色んなものが日菜の感情を乱していた。
だが、立ち止まっている暇などなかった。
日菜は録音を止めて立ち上がった。
「九条さん、賭博が行われる日、分かりますか」
九条は静かに日菜をみる。そして、ゆっくりと頷いた。そして、自らを落ち着けるように息を吐き近くにあった椅子へと腰を下ろした。
「花田瑠衣歌と最後に会った日、彼女から無音のCDを渡されたんだ」
「CD?」
「ああ。でも、音が何もきこえないものが1曲入っていた。何か仕掛けがあるのかと色々調べたんだが、何も分からなかったんだ」
老人ホームに行き、職員の話をきいたときの九条の様子は明らかにおかしかった。
曲の長さと日付がリンクしている。
ーーーまさか
「無音の音楽は10分21秒だった」
「…10月21日」
九条は頷く。
「俺はずっと、彼女が最後に言った『あとは頼みます』ってのが引っかかってたんだ。でもようやく分かったよ。10月21日、すべて動き出す。音楽に真実を込めて俺たちを誘導してたのも、この日のためだ。
たぶん花田瑠衣歌は闇を全部まとめて救い出そうとしてる」
「花田瑠衣歌の顔出しの配信ライブは、まさか」
「世間の注意を自分に引き寄せて、俺たちを動きやすくするためだと思う。この日に、賭博、ヒルイの配信、それから」
九条がごくりと唾を飲み込んだ。そして一度瞳を伏せたあと、まっすぐと日菜を見る。
「田所ミチの復讐、これらすべておこなわれるとしたら」
日菜の心の奥底が何を求めているのか、九条は試すような瞳だった。
刑事としてか、若月日菜という人間としてか。
花田瑠衣歌が言った『救う』とは。
「俺たちは、何から救えばいい」



