彼女が真実を歌う時




『氷のレコード』日菜は首を傾げる。レコードとは、黒い円盤のものだということは知っているが氷のレコードとは。
日菜は九条がやったように、氷の底を覗き込む。

何重もの線が円を描いていた。

「まさかこれ、音楽が鳴るんですか」

「おそらくな」

日菜は驚いて顔を上げる。九条は指先が限界を迎えたのか一度シリコンの型に氷を戻した。そして職員の方に目を向ける。

「ここにレコードプレーヤーってありますか」

「なっ、ないです」

職員が首を横に振る。九条は落胆したように椅子に項垂れた。

「九条さん、どうしましょう、レコードプレーヤー買ってきましょうか」

「そんな時間ない。それにこれ、形を変えれば終わりだ。一回しか聴けないぞ」

「溶けてもまたこの型に流し込めば聴けるんじゃ」

「シリコンの底は真っ平だ。おそらく作った後に移し替えられてる。やられたな」

「そんな」

花田瑠衣歌は真実を歌に込めた。聴かせたい相手にだけ聴かせられるように、だ。
ここまで手間をかける理由を探したところで今はどうにもならないことは日菜も分かっている。だが、込み上げてくる怒りがあった。

生きているなら、なぜ直接真実を伝えないのだ、と。
そんなどうしようもない怒りが込み上げてきた時だった。九条が覚悟を決めたように立ち上がる。


「商店街のところにレコードショップがある。そこならプレーヤーもおいてるはずだ」

「こっちまで持ってきますか」

「いや、ショップまでこれ持って運んだ方が早い」

「クーラーボックスならありますよ!貸し出します!」

話を聞いていた職員がそう言った。九条が小さく頷く。

「出来ればめいっぱい保冷剤も詰めてください。20分もてば充分です」

「分かりました!」

職員がそう言って走り出した。
日菜は九条の方を見る。おそらく、花田瑠衣歌はこの氷にすべてを託しているのかもしれない。そう思った。

日菜の表情をみて、九条は安心させるためかへらりと笑った。


「これで真実の歌は最後だといいな」

「そうですね」

しばらくして職員が息を切らしながらクーラーボックスをもってきた。
持ち運びしやすく、中には保冷剤が敷き詰められておりレコードが入るような隙間が作られていた。


「ありがとうございます」


日菜はレコードを慎重に中に入れると、動かないように周りを保冷剤で固める。
そして蓋を閉めて紐を肩にかけた。


「車で行きますか」

「商店街近くまで車で行って、そこから走るぞ」

「はい」

日菜たちは老人ホームコミナトを出て、車に乗り込む。
日菜が運転席にのると、九条は日菜からクーラーボックスを受け取り、両手に抱えた。


「飛ばせ」

「警察に無茶言わないでくださいよ」

「早くしないと溶ける」

「分かってます」


日菜は強くハンドルを握った。