彼女が真実を歌う時



意地でも聞いてやろうと、口を開いたがタイミングが悪く真中の歌声が終わりを告げていた。
園宮に目をやれば、ストップウォッチを首からかけてその場から去ろうとしている。

日菜は慌てて、九条に「行きますよ」と腕を引っ張り園宮の方へと向かった。

「園宮さん」

日菜は杖をつきながら歩いていく園宮に声をかければ、虚な目で日菜の方をみた。

「はい。なんでしょうか」

日菜は警察手帳を取り出そうとしたが、その手は九条によって止められた。
九条の方をみれば小さく首を横に振られる。
そして九条の顔が仕事モードに変わった。

「少し、お話をききたいのですがお時間大丈夫ですか?」

ゆっくりとやや大きな声である。だが、それは不自然ではなく自然な声色だった。園宮が頷いた。
九条は触れないほどの距離で園宮の背中に手を添えて、「一度座りましょう」と椅子に促す。

一瞬日菜の方をみた九条が小さく頷いた。
日菜は園宮の近くに椅子を置き、正面に座った。
日菜の隣に九条も腰をおろす。

九条は少し顔を日菜の方に寄せ、小さな声で言葉を放った。

「ストップウォッチ、10分21秒」

10分21秒。つまり、10月21日。

「園宮さん」

「なんですか」

日菜は九条の喋り方を真似るようにゆっくりと不自然さがない会話を心がける。改めてここに九条と一緒に来てよかったと思った。

「花田瑠衣歌さん」

園宮の表情が変わる。虚な目に光がともったように、だがそれは秘めなければいけないかのような危うさを含んでいた。

「ご存知ですよね」

「知りません。最近人の名前も覚えられなくて、困ったものです」

「そうですか…では、そのストップウォッチで曲の長さを測っているのはなぜですか」

園宮はストップウォッチをみたあと、ポケットからメモ用紙とボールペンを取り出した。
そこには10分21秒と書かれていく。

そして、表示されたストップウォッチを0に戻した。
安心したように手を離せば、園宮の首元でゆらゆらと揺れているそれ。
日菜はただその一連の動きを黙ってみていた。
そしてしばらく時間をおいたあと、口を開く。

「その長さは、日付とリンクしていますね。園宮さん」

「違います…」

「曲の長さで、花田瑠衣歌さんと会える日にちを伝えられていたのではありませんか」

「違いますっ!」

叫ぶように放たれた言葉。
その叫びは肯定をしているようなものであった。日菜の心を痛ませるほどの悲痛な声だった。
慌てたように職員が近づいてくる。

「10月21日、花田瑠衣歌さんはここに来るんですか」

「なんで、なんでよ、私の唯一の家族よ。奪わないでよ、やっと会えるようになったの、お願いよ」


「園宮さん、落ち着いてください。お部屋に帰りましょう」


日菜は九条の方を見る。九条はもうやめておけと言うように首を横に振った。
職員に連れられて園宮は日菜たちに背中を向け去っていく。


「認知症発症する少し前、ホストに大金使っちゃったんだって、園宮さん」


ふと、後ろから聞こえてきた声に肩を上げて振り返ればそこに立っていたのは真中であった。
ギターケースを背中に背負いながら、日菜たちの方にゆっくりと近づいてきた少女は日菜と九条の間にたち肩に手を添えた。


「それで花田家とは縁がきれて、家族とも会えないってことになってたんだけど、ヒルイがこっちに帰ってきたって知ってなんとか会おうとした結果がこれ。

曲長さで会う日を決めて、こっそり裏口で会うの」


「それは花田瑠衣歌から直接きいたのか」

「まあ、私は花田瑠衣歌さんってより、ヒルイから話をきいたって感じかな。まるで他人事のように話すからさ」

「あなたは、花田瑠衣歌さんとはどういう関係でこの件とはどう関わってるの」

日菜と質問に真中は「うーん」と少し唸り、口を尖らせたあと跳ねるように日菜と九条の前に立つ。


「私は、利用されてあげてるだけだよ。ただの普通の女子高生。まあ不登校気味だけど」

にわかに信じがたいその言葉に日菜は顔を顰める。
怪しまれているのを楽しんでいるのか、鼻歌を歌いながら真中は日菜たちから少しずつ離れていく。


「ヒルイが見つかったらさ、必然的に私のことも分かるよ。じゃあね、九条先生と若月さん」

「待って、真中さん。まだ話は終わってません」

「10分21秒、ちゃんと覚えておいてね」

そう言った真中はひらひらと手を振って去っていく。
日菜たちはただそこに立ち尽くしていた。

10月21日そこで何かが起きる。それだけは確信している。

では、何が。


「職員さん、食堂の冷凍庫に入ってるものは捨てちゃって大丈夫ですか」

奥の食堂から出てきた白い服とマスクをした女性がそう言いながら出てくる。
職員が不思議そうに首を傾げる中、その物体が誰のものなのか把握している先ほどの女性職員が走ってきた。

「それ、私が預かります」

そう言って一度食堂の中に入り、手に持って出てきたのは、丸いシリコンの中に入っている氷であった。
そして、職員が日菜たちの前にそれを持ってくる。

「これが、園宮さんが冷凍庫にいれていたものだと思われます」

差し出されたそれを日菜は受け取った。指先から冷たさが伝わる。ただの短い筒状に固められた氷にしか見えない日菜にとって、それが何なのかさっぱり分からなかった。

「九条さん、これ、なんですかね」

日菜はそれを九条に見せると、九条は日菜の手からそれを受け取り、底を見た。

「やっかいなことになったな」

「え?」

九条は周りのシリコンを軽く外側に反らせた後、氷を慎重に取り出した。
そして再び氷の底を見る。

ため息をついた九条は苦い顔をして、日菜の方をみた。



「氷のレコードだ」