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大宮は投げるように日菜の座っている前のデスクに紙を投げた。散らばった資料を日菜は視界に入れたあと顔を上げる。
大宮は腕を組んで日菜を見下ろしていた。


「花田瑠衣歌の家族は海外にいて、血縁関係のあるやつは日本にいない。話を聞こうにも連絡はとれないってなってただろ」

「大宮さん」

「だが、どうやら違うみたいでな。1人だけ花田瑠衣歌の家族が日本にいたんだよ、祖母にあたる人物になるが花田瑠衣歌が小学生の時に祖父と離婚してる、どおりで名前が」

「大宮さん」


大宮の言葉を遮るように日菜は立ち上がった。


「なんだよ」

「なぜ私に、花田瑠衣歌のことについて話してくれるんですか」

日菜の質問に大宮は眉間にシワを寄せ「お前なあ」とドスのきいた声を響かせた。

「そもそも、田所ミチが犯人って決まったわけじゃない。たかが音楽に顔が仕組まれてたってだけだ」

「でも」

「お前、この件から外したとしても自分で動く気でいただろ」

日菜は言葉を詰まらせた。大宮はため息混じりに「やっぱりな」と日菜の額を軽く叩いた。


「どうせ動くなら外したって一緒で、つまりさっさと解決させるには協力した方がましってだけだ。次隠し事したらお前を取り調べるからな」

「はい、ありがとうございます」

「もう隠し事はないんだな」

「はい」

「よし。じゃあさっさとその資料に目を通せ」

散らばった資料を手に取り日菜は、1枚1枚に目を通し始める。
大宮は花田瑠衣歌についての情報を再び話し始める。


「祖母にあたる園宮光子さんは、花田瑠衣歌の父方の祖母だ。離婚前は花田光子。花田瑠衣歌が小学生の時に認知症を発症して離婚している」

「認知症発症後に離婚なんて、そんなことできるんですか」

「本人の意思があり、判断能力もまだある軽度の頃の離婚だ。普通の離婚とあまり変わらない。その後、園宮光子だけが日本に残った」

「では花田瑠衣歌はどういう経緯で、ハルカゼスターに?」

「海外で暮らしてたのは確かだが、今から4年前に家出も同然で日本に来て活動を始めている。高校にも通っていない。そしてハルカゼスターに拾われたって感じだな」

日菜は一枚の資料に手をとめた。
数年間の花田瑠衣歌の移動履歴であった。大宮はここまで調べていたのかと日菜は驚きながら顔を上げる。

「10年前に一度日本に帰国してるんですか」

「らしいな。父親の会社の都合で短期間だけこっちにいた。九条さんが言っていた10年前に出会った音楽のきっかけをつくった人ってのもその期間に出会ってるんじゃないかと俺は思う。わざわざ日本で活動を始めているしな。

園宮光子が花田瑠衣歌と関わりがあったのかまではまだ分からない。でも、日本に帰ってきた孫娘と完全に疎遠になるとも思えない」

日菜は「なるほど」と小さく頷きながらまた1枚めくった。そして目を見開く。
日菜が体を硬直させたのをみた大宮が怪訝な顔をして日菜の手元の資料を覗き込んだ。


「これ、なんで」

「園宮光子が入ってる施設のチラシだが、どうした」

同じものが九条のところにもあった。
真中理音から渡されたものだと言っていたそれ。

やはり真中理音はヒルイ、もしくは田所ミチと直接やりとりをしているに違いない、日菜はそう確信した。


「パン屋の件の時、1人の女子高生に話しかけられました」

「女子高生?」

「真中理音という少女です。その子は私と九条さん、それから花田瑠衣歌の存在を把握していた。そして花田瑠衣歌の祖母がいる施設でライブをすると言っていました」

『ピタゴラス部屋』の存在を知っている。つまり、


「田所ミチのことも、おそらく知っているはず」

大宮は訝しげな顔をして、老人ホームコミナトのチラシを軽く揺らした。


「そいつ、敵か味方かどっちだ」

日菜は首を横に振った。正直分からなかった。ミチと花田瑠衣歌どちら側の人間か、それともただの好奇心で動いているだけの乱し魔か。

「それは分かりませんが、明日19日に九条さんと共にここに行きます。園宮光子さんと、真中理音どちらからも話をきけるチャンスです」

「分かった。何か分かったらすぐに連絡しろ」

「はい」


まだ何も終わっていない。だが、すべての真実を調べすべて解決させる。
日菜はそう決心し、強く拳を握った。