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おそらく自分はこの一連の事件から外されるだろうと日菜は覚悟した。
日菜の話をきいたあと、大宮は難しげな顔をしていたがこれからのことはまた相談しようと静かに解散を命じ、日菜も従った。
真っ直ぐ家に帰ることはできずに、日菜は公園のベンチ座っていた。
公園のすぐそばにあるスーパーからはいつものけたたましい音楽が微かに鼓膜を揺らす。
ここで見つけた『愛の歌』や『パンの歌』同様、調べて現実を真正面から受け止めなければならない、そのことは日菜自身も分かっている。
あの橋でミチは死を決意したわけではなく、復讐を決めたのだとしたら、と日菜の頭の中でそんな考えがめぐった。ミチが生きていると願いこの仕事を続けていた日菜にとってそれは信じたくない真実である。
真実になんてしたくない。だから、調べないといけない。
分かっているのに闇から抜け出せなくなっていた。
不意にポケットに入っていたスマホが揺れる。
日菜は涙を手の甲で拭ってそれを耳にあてた。
「もしもし」
「あ、日菜、急にごめんね今大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ美結」
電話をかけてきたのは美結であった。
「…泣いてるの、日菜」
不思議だった。取り繕っていた日菜の声は親友にいとも簡単に見破られてしまう。
日菜は鼻をすすりあげて無理矢理口角をあげた。
「泣いてないよ、ちょっと風邪気味なだけ」
「そっか」
少し考えるように美結は間をおいたあと、「日菜」と名を呼ぶ。
日菜は涙をこらえながら上を向いて返事をした。
「私、入院することになって」
「入院って、大丈夫なの美結」
「大丈夫大丈夫、無事に赤ちゃん産むためだから。だけど少し心細くなって日菜に電話しちゃった」
「そっか、私でよかったらいつでも電話してきてよ」
「ありがとう、日菜」
ふと、過去の真実か日菜の思い描いた幻想が頭の中で響いた。ギターケースを背に抱えたミチが笑って日菜の方を向く。
「ありがとう、日菜」無邪気に笑ってそう言ったミチの姿。自分の弱さで失ってしまった大切な人を取り戻したいと、もがいた。もがいてももがいても、前に進んでいる気がしない。
俯けば、堪えきれなくなった涙が溢れていく。
「赤ちゃん産まれたら、日菜にも会ってほしいな。大好きな親友って紹介するの」
「っ、うん、嬉しい」
「また喫茶店でコーヒー飲もうね」
「うん」
「日菜」
「ん?」
「1人で抱え込んじゃダメだよ」
日菜の手の甲には何粒もの水滴が落ちていく。
掠れた声で「うん」と返事をした。
美結との電話を切ったあと、詰まるような声をあげて泣いた。いつのまにか空は灰色の雲が覆っていた。
雨粒が日菜の鼻の先ではじける。
「帰らないと…」
そう思うのに足は動かない。雨はしだいにリズムを早めて日菜の体を濡らしていく。
体温を奪っていくその冷たい雨に打たれながら日菜は砂場の方に目を向けた。
ここで花田瑠衣歌はギターを弾きながら歌っていたのだろう。少年と『愛の歌』をつくり、真実を歌った。
雨の中でも、彼女は歌ったのだろうか。
ーーーー『雨、やむといいねお姉ちゃん』
ふと、日菜の脳裏で過去の忘れていた情景がよぎる。
泣きじゃくる日菜の隣で歌っていた少女。
顔を思い出せないが彼女はミチと同じようにギターを抱えていた。
「何やってんの、こんなところで」
打ちつける雨がやんだ。
日菜は後ろから差し伸べられた傘の下で「え」と声をもらす。
振り向けばそこにいたのはほんの数時間前の格好とはうってかわりパーカーに前髪は無造作に下ろされている不機嫌そうな男の姿であった。
「九条さん…」
「ここにいても花田瑠衣歌は見つからない」
そんなことは、分かっている。日菜はその言葉を内に押し込めて正面に立った九条を見つめた。
ため息をついた九条は、日菜の腕をつかみ引っ張って日菜を立たせる。
日菜の顔は誰が見ても分かる泣きっ面になっており、九条は気まずそうに後頭部に手を当てた。
「なんでここに九条さんが」
「普通に買い物してただけ」
「そうですか…」
傘に打ちつける雨音がより一層強くなり、九条と日菜は肩をすくめて上を見上げた。
「ひとまず、場所変えるか」
九条はそう言って歩き出す。また日菜の体に冷たい雨が染み込んでいく。日菜は唇をかみしめて俯いた。
九条も日菜の過去の話をきいている。その現実が日菜の足を止めさせていた。
「おい、早く来いって風邪ひくから」
雨音に消えないように九条がやや大きな声でそう言う。そしてしびれを切らしたのかツカツカと日菜の方により、日菜の腕を掴んで引き寄せた。
「悲劇のヒロインぶってる場合じゃねえだろ、お前」
日菜は顔を上げた。九条の腕を振り払い、込み上げてくる熱をそのままに手のひらを九条の頬にあてる。そこに簡素な音が響いた。
九条は乱れた髪の隙間から日菜を睨む。
「俺は間違ったこと言ってないだろ。そもそも、あの『顔の歌』によって田所ミチは生きてる可能性が出てきた。何が不満なんだよ」
「ミチは細田朱莉を殺したって、そう言いたいんですか」
「その真実を調べるのがお前の仕事だろうが」
「私はもうこの事件から外されます」
「まだ分かんねえだろ、それに花田瑠衣歌の件だってまだ真実は分かってない、なあ若月さん」
九条は日菜の腕を再度握り、体を寄せる。
そしてまっすぐに日菜を見つめ、日菜に言葉を放った。
「まだ、何も終わってないんだ」



