彼女が真実を歌う時



ピタゴラスの部屋が失われた今、ミチにとっての居場所はもうここにはない。そう思い、日菜は上履きのまま外に飛び出していた。

雨が降り始めていた。

「ミチ!」

自分の体を濡らしていく冷たい雨。
声をかき消していく雨音。すべてが日菜を絶望へと陥れていく。
名前を呼んでも、ミチの姿は見当たらず日菜の一方通行な声に返事が返ってくることもない。

ピタゴラスの部屋以外でのミチを知らない日菜は、あてもなくただがむしゃらにミチを探した。

そして最後に日菜が辿り着いた場所は、橋であった。
下には雨により荒れ始めている川が見える。

そして再度自分の立っている幾分か先の道へ視線をうつした。
薄暗い中で日菜の瞳に入ったもの。


「うそ」


橋の欄干には黒いギターケースがたてかけてある。
そして側には靴。
その現実は、日菜の呼吸を奪った。
声にならない声を響かせて日菜は走る。

嘘だと、言い聞かせた。今見えているものはミチのものではないと。

だが無情にも、ギターケースには日菜とお揃いのストラップがついている。

「う、あ、」

日菜はそれを抱き寄せて地面にへたりこんだ。
そして欄干から下を覗く。雨で乱れるそこは目を凝らしても何も見えない。

日菜の絶望の叫びがそこに響いた。抱き寄せたギターケースの中には青いギターは入っていなかった。




ミチは暗闇に消えた。