ミチと顔を合わせることもしばらくなくなってしまった日菜はぽっかりと心に穴があいたような気持ちで高校生活を送っていた。
そんな時だった。
お昼休み、購買に向かう途中である。
正面から歩いてきたのは、細田たちだ。
日菜は顔を逸らし、気づかないふりをしてすれ違おうとしたが細田朱莉に腕を引っ張られて足を止めざるを得なくなってしまった。
「あんたさ、最近田所どこにいるか知らないわけ」
日菜が睨みつければ、嘲笑うように「睨んでるし、こっわあ」と口角をあげる。
細田の手を振り払い、日菜は距離をとる。
すると柳田と青谷が日菜の両隣に立ち、逃げられないように日菜の腕を掴んだ。
正面に立っている細田がクスクスと笑っていた。すれ違う人間たちは日菜を憐れむような目で見たが、助けようとはせずすぐに目を逸らし歩いていく。
ミチはこんな屈辱的な気持ちだったのかと怒りがふつふつと湧いてきた。
「…どういうつもり」
「あいつ学校には来てるみたいなのよね、若月さんなら田所がどこにいるか知ってるよね」
「知らない」
「嘘ね、私一回見たことあんのよ。あんたたちが旧校舎の方に向かってるの、あそこに何かあんの」
あそこは、ミチの唯一の居場所だった。
「知らないってば」
柳田と青谷が強く握っている日菜の腕。
日菜はそれを力づくで振り解こうと体を動かすがそれは地獄の底から伸びる手のように絡みついて日菜を闇に陥れようとする。
柳田が、日菜の耳に顔を寄せた。
「お願いだからこれ以上朱莉の機嫌を損なうようなことはやめて。田所の場所が分かればすぐに開放するから」
罪悪感を少し含ませていたその声。
日菜は小さな声で言葉を放った。
「なんでそこまで」
「分かるでしょ、朱莉に逆らったらどうなるか」
言葉を詰まらせた柳田の代わりに青谷がそう言って焦燥の声色で日菜の腕に力を込める。
そして、続けてこう言った。
「あんたも、田所も、そして私たちにとっても1番何がマシなことなのか考えて。ここで言わないと若月さん本当に終わるよ」
ーーー人生が。
大袈裟だと笑われるだろう。だが、それくらいこの世界は狭かった。
日菜は顔を俯かせる。どうかこの声は届きませんように。そう願った。
「…旧校舎に向かう途中の茶色い扉。
『ピタゴラスの部屋』」



