彼女が真実を歌う時



顔というのは誰しもが分かるが、よく目を凝らさないとその詳細は掴めない。

「なんか、女っぽいですね。髪長いし」

浦井がそう言う。日菜も同感であった。

「人の顔のということは分かったので、もう少し鮮明にできるとは思いますけど、やります?」

九条は少し口角を上げてそうきいた。3人ともすぐさま頷き、再びパソコンを九条の方へと寄せた。
再びしばらくの間パソコンをいじったあと、九条は少し迷ったように瞳を泳がせた。

「時系列的には、花田瑠衣歌がこれを残したという可能性は薄いですよね。だって、花田瑠衣歌が動きはじめたのはカリンの死からとされてるわけですから」

「ええ。そうですね」

大宮が頷く。九条は顔を上げた。
そして、画面をゆっくりと日菜たちの方へと向ける。


「では、これは誰が何のために残したのか」


鮮明になった顔が3人の視界にうつりこんだ。
大宮と浦井は、その顔をよく見ようと画面に顔を近づけたが日菜だけは違った。
心臓が嫌な音をたてる。

ずっと、嫌な予感はしていた。カリンのマネージャーが細田朱莉であると言われた時、真中の口から「ピタゴラスの部屋」という言葉が出た時。

自分は関係ないと、思い込みたかったが本当の真実は日菜自身の信じたい真実とは大いに反した。
1つの音楽によって日菜の前に立ち塞がったそれは、日菜を闇に沈ませる。

これはもう、逃げられない。日菜は悟った。

ゆっくりと息を吸って、吐く。そして口を開いた。


「…田所ミチ」

「なんですか、若月さん」


九条が日菜の方をみる。冷静な声色と冷たい瞳が日菜に突き刺さる。


「その人は、田所ミチというかつて私の同級生だった人物です」


予想だにしなかった日菜の言葉に、大宮が困惑したように日菜の方に体を向ける。


「どういうことだ、若月」

日菜は突き刺さる疑いと焦燥の瞳に耐えきれなくなり、顔を俯かせた。
だがもうここまできたら逃げられないことは分かっていたのでたどたどしく言葉を放っていく。


「田所ミチは、10年前に姿を消しています」

「失踪したのか」

失踪。どこかで生きているならそれでもよかった。そう、信じたかった。
朧げな記憶の中で橋に投げ出されていたギターケースの中は空だったのをよく覚えている。


「あの頃は、橋から身を投げて自殺をしたとされていました。ですが、遺体は見つかっていません」


「細田朱莉と田所ミチ、それからお前との関係を言え」


日菜はぎゅっと拳を握る。
その手は誰が見ても分かるほどに震えていた。