彼女が真実を歌う時



音楽が流れ始めると九条は訝しげにその音に耳を傾けた。日菜は何度もこの音楽を聴いたが何回聴いてもやはり不気味だ。変な電子音と人の声、重なる細かいリズム。
それは30秒ほどで終わり沈黙が走る中、日菜は恐る恐る口を開く。

「どう、でしたか」

九条は少し唸ったあと黙った。待てなかった浦井がパソコンを自らの方へ引き寄せて画面と九条を交互にみた。

「若月さんがこの曲の高周波部分に何か隠されてるんじゃないかと言っていたので自分なりに調べたんすけど」

カタカタとキーボードを叩いて再び九条の方にパソコンを寄せた浦井。


「今のところ、何もないんすよ」

浦井はエンターキーをおし、何か音を流しているのだが何も聴こえず「ジー」という機械音のようなものが響いていた。


「他に、この曲に何か仕組みをつくるとしたら何が考えられますか」


浦井が前のめりで九条にそう問うと、九条はやっと口を開いた。


「似たような音楽を過去に聴いたことがあります」


大宮、日菜、浦井の「え」という声がそこに響く。
九条は冷静だった。ただ静かに立ち上がり、奥に一度引っ込むと少し大きめのノートパソコンを持ってきた。


「あ、あの、九条さん、過去に聴いたことがある、とは」

日菜のそれに九条はパソコンの電源をつけながら、ちらりと日菜の方を見た。面倒くさそうな顔を一瞬したのを日菜は見逃さない。説明を長々するのが性に合わないのだろう。その辺の性格を日菜はだんだん理解してきている。
膝に一度乗せたが重たかったのか、浦井のパソコンを端に寄せて荒々しく自分のパソコンを机の上に置いた。


「なんてことない、海外のアーティストの曲だ。ちゃんとリリースもされてる」


「こういう音楽があるということですか」


大宮が驚いたようにそう言ったが、九条は「ええ」とさも当然のように返事をした。
日菜も困惑をしていた。こういう音楽もあり、そして世にでているということは聴いている人もいるわけで。


「音楽に正解はありませんからね。ですが、こういう曲には確かに秘密が隠されています」


「秘密、ですか」


『秘密』。花田瑠衣歌は自らが口に出したその言葉に変な緊張感が宿ったためごくりと唾を飲み込む。


「わたしに音楽を教えてくれた師匠が、面白がってそのアーティストの曲を分析したことがあったんです」


「分析って、どのような」


大宮が好奇心を声色に乗せてそう問う。


「簡単ですよ、音響スペクトログラフさえあれば」


大宮と日菜はまとめて首を傾げた。
復唱もできなければ、数秒経てば脳内からその言葉も飛んでいく。
浦井だけは少しピンときたようである。


「まさか、音の波形に何か隠されてると」

「まあ、わたしの勘が正しければですけど。運良くわたしの師匠がソフトウェアを残してくれてて助かりました。
その曲、借りてもいいですか」

「ああ、送りますよ」

「ダメです。そのUSBの中に入っているまま分析しないと、音の波形が変わる可能性がありますから」


九条からそう言われ、浦井は「そうですね」とパソコンからUSBを抜き九条に渡した。
九条はパソコンにそれを差し込み、作業を始める。

その姿は日菜自身少し意外であった。パン屋の時もそうであった。銃を持っている相手に平気で立ち向かい、ねじ伏せた姿。
パソコンも浦井ほどではないが、打ち込むスピードがはやく画面は見えないが何かすごいことをやっているように見えるからだ。
先ほどの大宮が言った「本当に音楽療法士ですか」という問いに少し共感した。

だが、九条は「ただの音楽療法士に」とさらりと言って受け流す。


「音楽をやる上で時にはこういうのも使うんですよ。コンピューターで音楽を作れる時代になってますからね。何も楽器が出来るだけがすべてじゃない」


日菜の視線に気づいたのか、九条がそう言う。
画面からちらりと日菜の方を見てすぐに逸らした。

しばらく音が流れたり、止んだりを繰り返した後九条は手を止めた。
そして、あからさまに顔を顰める。


「久々にこういうの見ましたが、やっぱり気味が悪いですね」


「何かでたんですか」


日菜が机に手をつきパソコンを覗き込もうとすれば、九条は「今見せるから」とゆっくり日菜たちの方に画面を向ける。

そこに映し出されていたのは、


「これ、顔ですか」


人の顔であった。