彼女が真実を歌う時



大宮が日菜に視線を送り、日菜は小さく頷いて鞄からUSBを出した。
そして浦井がパソコンを取り出す。

「花田瑠衣歌さんが所属していたハルカゼスターで、3年前に自殺した草野かりんさんをご存知ですか」

大宮の問いに九条は首を傾げる。『草野かりん』と復唱したがどうやらピンとはきていない。


「アーティストネームは『カリン』として活動していました」

そこで九条は脳内の検索に引っかかったのか「ああ」と思い出したように声を出す。
3年前の彼女の自殺は世間を騒がせた。所謂アンチコメントと呼ばれる言葉の凶器を世間に知らしめることとなった。
炎上は、炎上をもたらす。
カリンを追い詰めたのは誰だと名前も知らないもの同士が罪のなすりつけあいをし、また話題をかえてその脅威は別のものに移り続けている。

九条はそういうものに疎いものの、カリンの件についてはあれだけニュースで報じていたため知っているようであった。


「カリンさんは、ヒルイと違い顔出しをして活動をしていましたが声の雰囲気や歌う曲調などは2人とも近しいものがありますし、若者から絶大な人気を得ているところも同じです」

「それが今回の件とどう絡んでいるんですか」

「まあ、世間話として花田瑠衣歌の周りの状況を知ってもらっておこうと思いまして。

九条さんは、花田瑠衣歌の口からカリンのことは何も聞いていませんか」


大宮は試すような口調でそう九条にきく。
九条は思い出すように、少し唸って顎に手を添える。
日菜は、浦井が出したパソコンにUSBをさしたあと、九条の方を見つめる。

自分自身も隠し事をしているのは確かだが、それは九条も一緒だ。真実が分かったから話すと言っていたがそれは本当なのだろうかと日菜は不安になる。ここで九条は絶対に言わないだろう。


「音楽を分かち合える友は2人ほどいると話していました」

「…2人、ですか」

大宮は顔を顰める。情報としては薄いからだ。


「1人は亡くなってしまったと言っていたので、おそらくそのカリンさんのことではないでしょうか」

「亡くなったと言っていたんですね。その方の詳しいことは?」

「何も」

「そうですか。では、もう1人の友というのは」

「10年前に出会ったそうです。自分が歌手を目指すきっかけになったと言っていました」


「10年前」と日菜は声をもらす。今花田瑠衣歌は19歳。10年前というとわずか9歳である。カリンとは事務所で初めて出会っており、地元も違うため花田瑠衣歌の音楽を始める『きっかけ』の可能性が低い。


「分かりました。ありがとうございます。では、話をすすめます」


大宮は、そう言って膝のところで手を組み九条を見つめる。


「先ほど話したカリンの件、発端はカリンのマネージャーであった細田朱莉の死です」

「マネージャー?」

「細田朱莉はカリンを迎えに行く途中に轢き逃げにあい、亡くなっています。
その時に、カリンは世間からバッシングを受けました」

「なぜですか、カリンさんは何もしていませんよね」


「はい。ですが、犯人も捕まっていないことだったので、世間はここぞとばかりにカリンを責めました。パワハラ疑惑や、そもそも轢き逃げ犯はカリンではないかと」


「ひどい話ですね」


「ええ。ですがこの炎上はおそらく意図的に事務所がおこしたものだと私たちは考えています」


「…どういうことですか」


「細田朱莉の死と、カリンの炎上の間にしばらく間があいたんですよ。火種はすぐには生まれなかった」


大宮は少し疲れてきたのか椅子に背中を預けて、日菜の肩を叩いた。
お前が喋れ、と。日菜は小さく息をはいた。朝倉の件に関してであるからだろう、決して面倒くさくなってバトンタッチしたわけではないと大宮への文句を飲み込み日菜は話しはじめた。


「朝倉の件です」

「朝倉って、あのパン屋の?」

「はい。以前話したようにデビュー前に1人のアイドルの薬物疑惑の記事が出ました。その記事が出たのは、細田朱莉が死んだすぐ後です」


九条は察した。小さく「なるほどな」と声を出す。
九条は自らを落ち着かせるように少しだけぬるくなったお茶を一口飲んだ。


「つまり、事務所は朝倉の件を世間の目からそらすためにカリンの炎上を仕組んだってことですね」

日菜はその九条の言葉に頷いた。
そして、九条はまだ掴めていないが掴もうとしている真実があるのに気づき、ゆっくりとまばたきをして日菜を見る。


「事務所が薬物の件に絡んでいるとしたら、その意図的な炎上も辻褄が合う。

花田瑠衣歌は、カリンの自殺をきっかけに動き出して闇を知り、失踪した」


「いやあ、ご名答ですよ九条さん。あなた本当に音楽療法士ですか」


手を叩いてそう言った大宮に、九条は笑うこともなく、「で」と言葉を続けた。


「その音楽療法士にここまで話す理由は」

「ああ、すみません。この情報を踏まえた上できいてほしい音楽がありまして」

大宮がパソコンを九条の方に少し寄せた。


「音楽?」

「はい。これは死んだ細田朱莉が持っていたUSBです。今のところ、花田瑠衣歌は音楽に闇の真実を隠していました。

花田瑠衣歌がこれを残すというのは時系列的には変な話ではありますが可能性はゼロではない。
はたまた全く違う人間が残したものかもしれませんし、まだ何も分かっていない状況ではありますが、ひとまず聴いてみてもらえませんか」


大宮はそう言って、エンターキーを押した。