「彼女はよく言っていました『音楽でできた傷は音楽でしか癒せない』と」
「…音楽でできた傷?」
「わたしは彼女がどんな仕事をしていたのか詳しくはよく知りませんが、音楽を生業としていたのはなんとなく分かっています」
1枚の写真を見つめながら九条は眉間に皺を寄せた。
日菜は正直この男を疑っていいものなのか悩んでいた。
足繁く通っていたということは、少なからずこの場所を頼りにしていて、傷ついた心を癒していたのだろう。
だが、そういう人間の脆いところにつけ入り、傷つけるのが犯罪者だ。油断はできない。と日菜は黙って九条を見つめる。疑う時、どんな仕草も見逃してはならないと大宮から教わっている。
「『音楽で傷ついた』とは具体的にどういうことなんでしょうか」
「さあ」
「さあって…」
先程、彼女は色々悩みを抱えており何から話すべきかと言っていたではないか。
変に核心を逸らされている気分になり、日菜は小刻みに足を揺らした。何か情報を得なければここに来た意味がない。
「ここに来て、彼女が求めていたものは根本的な解決というより、自分が自分でいるための別の居場所だったので、わたしはあまり深入りをしていません」
「では、先ほどの彼女が来るたびに抱えていた『悩み』って」
「彼女と交わす音楽との会話でわたしが個人的に得た情報です」
「…教えてもらえませんか」
「そもそも、あなたは音楽療法のことは知っていますか」
「っ」
口ごもった日菜に、九条は短く息を吐いて呆れたように笑う。
「仕方ないです。音楽療法って日本ではあまり普及していませんから」
「すみません…」
「簡単に言えば、音楽で治療をするということです。まあ、あくまで補助的なものにはなるので病気を完治させるほどの力はありません」
「花田さんは何か病気を?」
「強迫観念やパニックを引き起こす不安障害、それから、ストレスが溜まると言葉がうまくでてこなくなる吃音などが症状として出ていました」
やはり、ヒルイは何か強いストレスを抱えていた。
そこの原因を探れば今回の失踪と何か関わりが出てくるのだろうか。日菜は黒い小さなメモ帳とボールペンを取り出し、『不安障害、吃音』と書きなぐった。
日菜が顔を上げると、いつのまにか目の前に九条はおらず、立ち上がって奥から何かを取り出してきた。
「あ、あの、九条さん?」
「若月さんと言いましたね、これを使ったことは?」



