コツコツと足跡が響き渡る。
薄暗い部屋の真ん中で、高級なスーツに身を包んだ男はつまらなさそうに頬杖をついた。


「刑事さん、わたしは花田瑠衣歌の居場所を探してほしいと頼んだだけではないですか。なぜわたしがこんなところに?」


取調室。異様な空気感の中そう言い放った男の前で足を止めたのは大宮である。


「和田橋さん、朝倉が吐きましたよ」


大宮の言葉に和田橋は顔色を変えない。頬杖をつき、頬に触れる人差し指で数回リズムを刻む。
「へえ、そうなんですね」と和田橋は口角をあげた。


「ハルカゼスターは、辞めた元タレントたちをいいように利用していたと」


「利用って具体的には何をですか」


「薬物の売買、風俗、賭博、悪いとされてること全部、ですかね」


「朝倉くんがそう言っているんですか?」


「はい。彼は整形をして偽名を使ってパン屋で働いていたんですよ」


和田橋は吹き出すように笑った。
大宮には予想がついていた。こんなことでこの男はしっぽは出さないだろうと。だが、少しずつ進んでいる。
任意だが和田橋は取り調べに応じた。


「彼は事務所を辞めた人間ですよ、顔を変えてがパン屋をしてようが、わたしには何も関係のないことだ」


「カガワベーカリーの資金は、あなたが出してますよね。関係ないことはないでしょう。賀川はあなたの指示で朝倉を雇ったと言っています」


和田橋の眉毛がぴくりと動く。
そしてため息をついて椅子の背に体重をかけて、ネクタイを少し緩める。


「困りましたね、本当にわたしは何も知らないんですよ刑事さん。朝倉くんを雇ったことだってただの偶然でしょう、彼は顔を変えて名前まで偽ってたんですから。
まあ、万が一わたしが朝倉くんにそれを指示をしていたとしても」


自らの手を絡めて顎を置き、大宮を挑発するように見上げた和田橋。
なぜこの男は、こんなに他人事のように自分のことを話すのか。その答えを大宮にはなんとなく理解していた。秘めなければいけないことが男の中で黒く蠢いているからである。
だがその証拠を警察が十分に掴めていないことを和田橋は分かっている。分かっているからこその挑発であった。


「その証拠、ここで出せます?」


大宮は怒りを爆発させないように拳を握りしめた。
冷静になるように自分に言い聞かせる。


「朝倉の証言は充分あなたを疑う材料になる」

「薬物中毒の戯言に耳をかすと?」

「されど人の言葉です」


嘘だろうがなんだろうがそこには真意が伴う。
大宮は和田橋の目の前に座った。
そして和田橋をまっすぐ見つめる。


「花田瑠衣歌は何かに気づいていたんじゃないですか」

「何かって」

「さあ、闇の一部か、もしくは全部か」

「ひどく抽象的ですね」

「パン屋のこと花田瑠衣歌が曲に真実を隠していたんですよ、和田橋さん」

「曲?」

和田橋の顔が初めて歪んだ。
理解できないというような表情をして、考え込むように顎を触る。
大宮はそれ以上の情報は出さないと決めていた。
和田橋を試したのだ。花田瑠衣歌の失踪に和田橋が関わっているとしたら、居場所を知っているもしくは花田瑠衣歌に危害を加えた犯人であると思っていたが和田橋の反応を見てそれは違うと確信した。

ーーー花田瑠衣歌は闇を暴こうとしているのだろうか。


「彼女が真実を暴くのが先か、私たちがあなたを捕まえるのが先かそれだけの話ですよ、和田橋さん」


大宮の低く、真っ直ぐな声がそこに響く。
和田橋は「へえ」と笑みを浮かべた。




「ヒルイ、生きてるといいですねえ」