「くそ、なめやがって」
蛯名はそう言ってポケットに手を突っ込んだ。
日菜は瞬時に拳銃を取り出して構える。
蛯名が取り出したのは折りたたみ式のナイフであった。
「朝倉、お前もなんか持ってこい、女の刑事1人くらいなら片付けられる」
朝倉はあたりを見渡した。
「動かないで!これ以上を罪を重ねないでください朝倉さん!」
日菜は声を荒げる。音楽は正反対になだらかに流れていた。
朝倉の動きが止まる。蛯名がイラついたように日菜に襲いかかってきた。
拳銃の引き金から指先を離して、日菜は蛯名のナイフを持っている手首を掴んで捻りあげる。
折れても構わないほどに力を込めれば、蛯名は鈍い声をあげて身を横によじり、手からナイフがこぼれ落ちた。
日菜はそれを2人手の届かないところまで蹴り飛ばして、海老名の腕を後ろにひっぱりあげ、地面に押し付けた。
「大人しくしてください、そのコーヒー豆には薬物が入っていますね」
「ぐっ、くそが!なんなんだよ!どっから漏れたんだ!話が違う!」
この人たちは、まさか花田瑠衣歌が歌に真実を込めたことなど知らないのだろう。と、日菜は蛯名の手に手錠をかけながらそんなことを思う。
「覚醒剤取締法違反及び銃刀法違反で現行犯逮捕します」
日菜がそう言った瞬間、日菜の後ろでカチャリと音がする。後頭部に硬い銃口の感覚。
「手を挙げてください、刑事さん」
後ろから、そんな声がする。朝倉であった。
怯えるような仕草をしていたのは、日菜を油断させるためか本当の朝倉の姿なのか。
「あ、朝倉さん」
「俺は、浅岡です。もう朝倉雄大は捨てたんです。顔まで変えて俺は、この道を選んだ」
ぐっ、と後頭部に力を感じる。
日菜は自らを落ち着けるように息をはいた。
先ほどまで鬱陶しいと思っていたモーツァルト、そのリズムと音色を意識的に耳にいれて息を整える。
「朝倉さん、大丈夫ですから。まだやり直せる」
「やり直せる?何を言ってるんですか、もう無理です。ひとときの快楽に溺れてそれがバレて、逃げて、利用されて、後悔なんて、そんな感情ももう忘れたんですよ」
「ハルカゼスターに利用をされたんですか?」
「そうですねえ、利用というか、居場所をあたえてくれたので感謝してますよ。ここだって好きにパン作って、薬物の取引以外では割と好き勝手やってましたし」
「薬物の取引に、ハルカゼスターは関係していますか」
朝倉が言葉を詰まらせた。
「朝倉!はやく撃て!!」
蛯名の声が響く。
日菜は目をつぶった。



