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「ただの個人でやってる音楽療法士に、警察が何の用ですか」
日菜は思った。なぜ、こんなにも重要な捜査の中で自分は1人でここに来たのだろう、と。
たいていこういう時、立場上怪訝な顔をされるのは当たり前ではあるがその嫌悪感の瞳にはいつまでたっても慣れない。
それも今回は自分にだけ一点集中していることに日菜は怖気付いていた。
刑事の捜査の手順は一通り教え込まれたが、1人で聞き込みに出向いたのは初めてである。
何かあれば電話しろと大宮に言われてはいるが、ポケットの中で強く握られたスマホがそのまま外に出されることはない。
なんとか1人で情報を得たいという微々たるプライドが優った結果である。
「ヒルイさん」
「ヒルイ…?」
「失礼いたしました、こちらの写真、花田瑠衣歌さんに見覚えありますよね」
写真をその男の前に差し出す。
目を細めてそれを視界に入れた後少し唸って男は日菜から背中を向けた。
男の名は、九条凪。28歳。音楽療法士らしい。大宮から得た情報を日菜は思い出す。
正直言えば、音楽療法士というものがどういったものなのか理解はできていない。
そしてなぜ、ヒルイがここに通っていたのかも。
「こういう場合、わたしはあなたに彼女の情報を話すべきですか?刑事だろうとなんだろうと状況が分からなければ情報を開示する気にならないんですが。
彼女のプライバシーに関わる問題ですし」
九条の言っていることは至極的を得ているように思えた日菜は「申し訳ございません」と即座に謝罪した。
写真を一度自分の元へと戻して日菜は口を開く。
「数週間前から花田瑠衣歌さんの行方が分かっていません。警察は事件性を疑っています」
「事件性…」
「詳しくは言えませんが、何か事件に巻き込まれている可能性があります。彼女が所属している事務所からも一刻も早く彼女を見つけてほしいと」
男は終始小さく唸っていた。まるで状況が把握できていないかのようだ。失踪する前までここに来たのではないのか、本当に心当たりがないのか日菜はその背中をじっと見つめる。
「九条さん、花田さんが行方不明になる少し前にもここに来ていますよね何か様子がおかしかったなど些細なことでもかまいませんので教えてくれませんか」
男、九条は複雑な表情で日菜の方へと振り返った。
そして日菜が座っている正面の椅子を引いて腰を下ろし、日菜側にあるヒルイの写真を自分の方へと引き寄せた。
「彼女がここに来る時は、何かしら悩みは抱えています。何から話すべきか」
「何でも構いません」
少しの迷いをみせたあと、言葉を丁寧に選ぶように九条は話し始めた。



