日菜は到底大きく手を振って小さい子供のようにスキップなんてできずに、一歩後ろを面倒くさそうに歩いている九条を少し気にしながら歩幅の小さいスキップをする。
「九条さんもやってくださいよ」
「嫌だ」
「この曲の謎、九条さんも知りたいでしょう」
九条は地面に向かって大きなため息をついた。日菜は足を止めて九条の方にからだを向ければ、途端に九条は顔を上げて大きく腕を前に振り、ぴょんっと跳ねる。
楽しんでやっているスキップというより、運動部の準備体操のような動きで日菜を追い越して行った九条。日菜は唖然と九条を目で追う。
「はい、スキップ」
日菜の幾分か先でにっと笑った九条。日菜は首を傾げながら九条の元へと駆け寄った。
「私が思い描いていたスキップとは違いますが…」
「あれ見てみろ」
小言をもらそうとした日菜を遮るように、九条はある場所へ人差し指を向けた。日菜たちがいる道の向かい側に見えた青い看板。日菜は目を細めた。
細い白い字で書かれているためなんとも読みにくいが、日菜はなんとか目を凝らして見えたものを口に出す。
「サルタレロード…?」
看板の下から続く道は、脇に花壇があり様々な花が植えられているため日菜たちが現在いる道よりかはどこか華やかである。
だが日菜はますます首を傾げた。スキップで進むという言葉と何か関係があるのか。
「どういう意味なんですか?」
九条はポケットな手を突っ込んで歩き始めた。
日菜は慌てて九条を追う。
横断歩道を渡り、華やかになった道まで来るとやっと九条が口を開いた。
「スキップはイタリア語でいうと、『サルターレ』になる。イタリアで生まれた3拍子の跳躍的な音楽を『サルタレロ』」
「跳躍的…だから、スキップですか」
日菜は九条の説明に頷きながらその道をゆっくりと歩き始めた。
確かにこんなに綺麗で華やかな道と、跳躍的な音楽は合いそうだと日菜は思った。サルタレロという音楽がどのようなものかはよく分からないが。
しかし、日菜の中で1つ疑問が生まれる。曲への違和感であった。
「スキップがこの『サルタレロード』だという意味は分かりましたが、イタリア語と繋がっているのになぜこの曲はこう、なんというか、日本特有の『和』な感じがするんでしょう」
「ああ」と九条は花を眺めながら日菜の言葉になんてことないような軽い口調で答える。
「この曲、基本がヨナ抜き音階で作られてるからな」
「ヨナ抜き音階?」
「言葉の通り、4番目の音と7番目の音を抜いている音階のことだ」
「どこから4番目と7番目なんですか?」
「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド」
九条は1つの音階ごとに花弁を人差し指で軽く揺らす。少し楽しそうである。
音楽の専門的な話をしているからか、最初の現れた時より表情がどこか柔らかいように日菜は感じた。
日菜は指を一本ずつ下ろしながら、「ドレミファソラシド」と呟いた。
4番目はファ、そして7番目はシである。
だが日菜にとってその音を抜いたからと言って、どんな雰囲気の音楽になるかまでは想像がつかない。
「例えばどんな曲ですか」
「まあ日本の昔ながらの曲は多いな、『赤とんぼ』だったり、『お正月』それから『こいのぼり』とか」
「へえ」と日菜は数回頷きながら頭の中でどんな曲だったかなんとか思い出していた。言葉ではうまく説明できないものの、なんとなく雰囲気はつかめた。
花を愛でるのも飽きたのか、九条が再びポケットに手を突っ込み日菜の横に並ぶ。
「最近の流行りの曲でもヨナ抜き音階は割と多い」
「そうなんですね、今度…」
『九条さんの歌できかせてください』は違うと瞬時に思った日菜は口をつぐんだ。これは捜査の一環だ、と。
浮ついていいわけがないと日菜はぐっと唇に力を入れた。



