彼女が真実を歌う時




世間はカリンのマネージャーへのパワハラで過労死をしたと騒いだり、しまいにはカリンがマネージャーを殺したのではないかという噂まで広まってしまった。

真実が分からないせいで、カリンは追い詰められて自殺した。

実際にカリンは、事故が起きた時迎えに来るマネージャーを外で待っている様子がカリンが住んでいたマンションの防犯カメラにうつっており、マネージャーを轢き殺すことなど到底不可能である。


「花田瑠衣歌は、カリンの事件関連で何かを知ってしまって襲われた…?」


「何かってなんすか」


日菜の独り言のような声にパソコンの画面に顔を向けたままの浦井が反応した。


「このマネージャーを轢き殺した犯人を知ってしまった、とか」


「まああり得ないこともないっすけどね。だとしたらさっさと警察に通報してくれりゃすんだ話でしょ」


「言えない事情があった可能性がありませんか」


「言えない事情がってどんな。きけば花田瑠衣歌の部屋に残っていたパソコンを調べたけど何も出てこなかったって聞きましたよ」


「ううん」と日菜は軽く唸りながら資料に再度目を通す。あの公園に行ったあと、彼女はどこに向かったのだろうと日菜は繋がらない線を無理矢理にでも繋げようと頭を悩ませた。

ぐるぐると同じ言葉が日菜の頭を中を巡る。

細田朱莉の死。
男性アイドルの薬物疑惑。
カリンの自殺。
花田瑠衣歌の血痕が残るナイフ。
そしてハルカゼスター事務所に所属していた現在行方不明の人たち。

花田瑠衣歌が親子に向けた『愛の歌』

そして、謎の多い『パンの歌』


「パンの歌も誰かに向けられた曲なんでしょうけど、それが誰か分かれば花田瑠衣歌の足取りがつかめそうですよね」


日菜の言葉に浦井は若干くぐもった声で「そうですけどね」と呟く。
浦井は防犯カメラの映像解析の時とは違い、苦い顔をしていた。そしてパソコンから顔を離し、日菜の方を見た。そこで日菜は察する。おそらく何も仕掛けなどなかったのだと。


「何もないっすね。そもそもどこの域に仕掛けがあるかも分からないんでこの作業途方もないっす」


日菜は思わず机の上に項垂れた。
何かを訴えかけるにしてももう少し分かりやすくしてほしいものだと日菜はまだ会ったこともない花田瑠衣歌にたいしての不満を心の中にもらした。
『パンの歌』は一体誰にたいして何を伝えたいのか、花田瑠衣歌自身にききたいが、彼女を見つけないとそれも叶わないのだ。真実のみえない不安がくるくると日菜の頭をまわりつづける。


「花田瑠衣歌にそんな高度なことできないと思いますけどね、俺は。もっと曲のメロディや歌詞をみるのもいいんじゃないですか」


浦井にそう言われ、日菜は机に項垂れたまま少し顔を覗かせて浦井を見上げる。
曲のメロディや歌詞。日菜は「確かに」と呟いた。
あの親子のことで音の周波数のことなどが話にあがったため、物理的なことに囚われていたようにも思う。

浦井はカタカタとキーボードを叩いたあと、エンターを押す。すると『パンの歌』が流れはじめた。


「やっぱいい声っすよね、ヒルイって」


浦井は椅子の背に体を預けてそう言った。伸びをするように上げた手の先が花田瑠衣歌が奏でる音楽のリズムに合わせて揺れる。
そんな様子を見て日菜は苦笑いを浮かべて頷いた。


「はい。でも歌詞の意味がやはりよく分からないです」


「最近の流行ってる曲も自分からしたらよく分かんないですよ。まあ理解不能な曲をいろんな人が考察してたりするから、それ見るのは結構好きですけどね」


「考察、ですか」


「やってみたらどうです?俺はそういうの範囲外なのでそういうのに『強い』人に」


日菜の頭の中には、あの人しか浮かんでいなかった。