ーーーー
「呪いの言葉かなんかか、これ」
大宮は花田瑠衣歌の「パンの歌」をきき、そう言って顔を顰めた。日菜も正直、九条とともに聴いた後同じ感想をもったことはあえて言わない。
「その音楽療法士の…」
「九条さん」
「そう、その九条ってやつはこの曲についてなんて言っているんだ」
「よく分からないと言っていました。もう少し調べてみると」
「信用できんだろうな、その音楽療法士」
日菜は「ええ」と頷いた。そのあとに自信なさげに「たぶん」と付け加えられる。
日菜自身も九条とちゃんと話したのは片手で数えられるほどである。まだ「信用ができる」と胸を張って言えない。それに、花田瑠衣歌の人物像においても九条の口から納得するほどの情報がでてきていないと日菜は考えている。
「公園を出たあとどこに向かったかまでは分からないな、あの辺は古くからある田舎町だから防犯カメラの数もすくない」
「そうですね、それに…」
と、日菜はパソコンの画面を見つめる。そこには宗馬が美奈子に連れられて帰ったあと公園を1人ででていく花田瑠衣歌がうつっている。
彼女は、防犯カメラに自分がうつっていることを理解しているかのように一度カメラの方を向いて立ち止まったあと宗馬と美奈子が歩いて行った方とは逆の道を歩き出す。
それ以降花田瑠衣歌が公園に現れる様子はなかった。
「彼女はおそらく意図的に防犯カメラにうつってますよね」
「カメラ睨みつけてるしな」
隣で立っている大宮が日菜の目の前にあるパソコンを自分の方に向けると映像を少し巻き戻し、花田瑠衣歌がカメラの方を向いたところで画面を止める。
まるで何かを訴えかけているようだと日菜は思った。
「彼女の居場所はこの『パンの歌』に隠されているのでしょうか…」
大宮、それから日菜も呪いのようだと感じてしまった『パンの歌』。彼女が最後に歌っている言葉がよりそう感じさせていた。『ここよやなくよ のうなけわたし』、これはどういう意味なのか。何かを訴えかけているのなら、なぜ彼女は伝わりにくいようにこうやって細工をする必要があるのか、日菜は頭を抱える。
「それか花田瑠衣歌は顔出しをしていないアーティストだろ、本当は顔出しで活動をしたくて話題性をつくるために今回の失踪を企てた、とか」
「では血のついたナイフはどう説明づけるんですか」
「それは、自作自演でなんとか」
大宮も自分で言っていてピンと来ていないのか、上にあげた人差し指が自信なさげに下に降りていく。
日菜はため息をつき、無意識に九条の連絡先を開いていた。あれから何か分かったら連絡をすると言われたきり何も音沙汰がない。
そして、花田瑠衣歌のSNSの投稿もあの『愛の歌』一件で終わっている。
「ひとまず『パンの歌』はおいとけ。ハルカゼスターについてだ、若月」
「はい」
「以前話したようにハルカゼスターの社員や所属しているアーティストに関してはあくまでクリーンな事務所だ」
大宮は以前事務所に対して不自然さを感じていると言っていた。
そしてハルカゼスターでは3年前1人のアーティストが自殺している。
「だから、この事務所の唯一の事件、カリンの自殺について、調べてみたんだけどよ」
「誹謗中傷の被害で苦しんでいたんですよね」
「そう。その発端がカリンのマネージャーの死だ」
「マネージャーの死?」
「当時カリンについていたマネージャーが交通事故で亡くなってる。しかも轢き逃げで犯人は捕まっていない」
「轢き逃げ、ですか」
「世間は色んな憶測をたてた。
カリンはわがままで横暴だったと噂され、マネージャーへのパワハラ疑惑が浮上、マネージャーは過労死したんじゃないか、とか、そもそも轢き逃げしたのはカリンではないか、と」
日菜は「そんな」と声を絞り出した。カリンが誹謗中傷で亡くなっていたことは分かっていたがその詳細まで日菜は知らなかった。
正義をきどった人々によって、真実ではないことが真実となり、言葉のナイフとなってカリンに刺さっていく。そして、彼女は自殺した。真実は結局誰にも分からないままである。
大宮は1枚の資料を日菜の前に置いた。
そこには右上にスーツを着た女性が写っており、名前や経歴などがずらりと下に並んでいる。日菜はそれを一瞬だけ視界に入れ、「これは?」と大宮を見上げる。
「カリンのマネージャーだった女性だ」
日菜は1枚の紙を手にとった。
そして改めて写真みて、名前を視界に入れた瞬間、その手を思わず離した。
名前は『細田 朱莉』年齢は24歳。亡くなった年齢で止まっている。
日菜は動揺を悟られまいと口元に手を置いて呼吸を整える。
「やっぱり知り合いか、若月」
大宮は日菜の様子を見過ごさなかった。日菜はまだどうにか嘘がつけると咄嗟に首を横に振ろうとしたが大宮にはそれは通じないと気づいて、小さく頷いた。
「だろうな、お前同じ高校だろ。しかも同い年」
「はい…」
「話したことは」
ぐっと喉がつまって苦しくなる。
言えない、言いたくない、だが、真実を知るためには自分が真実を受け入れないといけない。
日菜は一度硬く瞳を閉じた。
「あります」



