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九条と日菜はあの公園のベンチに座り、花田瑠衣歌が残した「愛の歌」を聴いた。
「うわ、泣いてんのかよ」
九条に引き気味にそう言われ、日菜は自分の頬に手を当てる。じぶんが泣いていたことに気づかず九条に指摘されて慌てて涙を拭った。
「こっ、これは寝不足で!ちょっと疲れてるんです」
その日菜の誤魔化し方が面白かったのか九条は吹き出すように笑って「別に責めてねえよ」と日菜の背中を軽く叩く。
「俺だってさっき宗馬くんの前で聴いた時泣きそうになった。花田瑠衣歌は宗馬くんの気持ちを上手いこと理解してこの曲を作ったんだな」
そう言って笑った九条の横顔見ながら日菜は先ほどの宗馬と九条の様子を思い出した。言葉よりも音楽で会話をしているように見えていた。九条が音を奏でて、それに宗馬が音や数字で答える。そして九条は『愛の歌』を見つけた。
ーーーこの人は何者なんだろうか。
「九条さんってなんで音楽療法士になろうと思ったんですか?」
九条は日菜の問いに心底面倒くさそうに顔を顰めた。
「なんだよ急に」
「いや、なんとなく聞いてみたくて」
九条は少し唸って首に手を当てて考える。
考え込むほど複雑な理由があるのだろうか。と日菜は九条の返事を待っていると九条は小さくため息をついて口を開いた。
「大した理由はない。音楽が好きだっただけ」
「え」
「なんだよ、何かになるのにそんな複雑なきっかけが必要か?」
「いえ、そんなことは…」
日菜は気まずそうに首を横にふる。九条はそんな日菜の様子をみて「けっ」と笑った。
「そもそも俺、音楽を始めたの高2だしな」
「えっ!?」
「うるさ、そんなに驚くことかよ」
「すみません、てっきり小さい頃から音楽漬けの毎日だったのかなって」
最初に会った時ピアノを弾いた様子や、慣れたようにいろんな楽器を操っている様子を日菜はみていたため自然と小さい頃から音楽を極めていたのかと思っていた。それに『音楽療法士』になるくらいだ。それなりに音楽人生を歩んできたのだと思っていたが、高2だとすると九条は音楽をやりはじめて10年ほどということになる。
「人間死ぬ気でやればなんとでもなるんだよ」
九条は膝の上に肘をおきそう言う。何がきっかけで音楽を好きになり死ぬ気でやろうとなったのか気になるところだがこれ以上の深入りはよそうと日菜は口を紡ぐ。
「お前も、音楽経験者だろ」
「へっ?」
「なんとなく分かる。あれか小さい頃ピアノ習ってたとかか」
日菜は言葉を詰まらせた。
小さい頃からピアノなどは習っていない。ただ隣で音楽を奏でてくれる友人がいたからだ。
いや、友人なんて呼んではダメなのかもしれない。
蘇る過去を忘れるように日菜は「別に、習ってはないです」と掠れた声をだした。九条に悟られないようにへらりと笑う。
膝の上でぎゅっと拳を握った。
「ふうん、まあいいや」
少しの沈黙の間九条は自らのスマホに転送した2つのファイルを眺めていた。日菜は気まずい雰囲気を払拭するためにも知りたい真実の続きを九条に問いかける。
「…なぜ、花田瑠衣歌はアプリを開くために認証番号の設定をしたり、わざと見つけにくいようにしたんでしょうか。九条さんや私が投稿の秘密に気づいて動かなければそもそもこの曲を見つけることさえできなかった」
彼女は何のために『愛の歌』を隠すように入れていたのだろう。あの親子を助けたければもっと別のやり方があったはずだ、と日菜は頭を悩ませる。
あの親子を救う他に何か目的があったとすれば。
「九条さんにSNSのアカウントを教えたのは、あの親子のことの他に何か伝えたいことがあったのでしょうか」
「信じたくないけど、その可能性はある。彼女なりのSOSか」
日菜と九条はもう一曲の方の「パンの歌」とかかれたフォルダを見つめた。
もしかしたらここに。日菜はごくりと唾を飲み込む。
そもそも花田瑠衣歌は生きているのか死んでいるのかも分かっていない。8月25日にこの公園に来て以降の足取りはまだ分かっていないのだ。
分かっているのは、花田瑠衣歌の血がついたナイフが見つかっており、なんらかの事件に巻き込まれている可能性があるということだけ。
「俺さ、さっき宗馬くんの前でパンの歌を聴いた時、言われたんだよ」
「なんて」
「これは知らないって」
「知らない?」
「おそらくこの曲に関してはあの親子は絡んでいない」
つまり、九条にこの曲を見つけさせるために花田瑠衣歌はここまで辿り着かせた可能性があり、日菜たちが知りたい真実を歌っているのはもう一曲の『パンの歌』の方にあるのかもしれない。
九条は『パンの歌』とかかれてあるフォルダをタップした。



