九条は宗馬をじっと見つめていた。
宗馬は九条が手に持っているタンバリンを見つめている。
「これ、何か分かる?」
宗馬は答えない。ただそれを触りたそうに人差し指を近づけてくる。
九条は宗馬が触れやすいようにタンバリンを少し上に持ち上げた。
タンバリンの膜を指の腹でなぞった宗馬が中央のあたりでトンっと指をバウンドさせる。短い太鼓のような音と、周りについている金色のジングルと呼ばれるものが振動で揺れてシャランと鳴った。
宗馬の口角が少し上がる。
そしてまたタンバリンの膜から手を離して音を鳴らす助走をつけたが、九条がそれを避けるように自らの体に引き寄せた。宗馬の表情が曇った。なぜそんな意地悪をするのか、と。
九条は優しく微笑む。
「ただ楽しんで音を鳴らすだけだと面白くないだろう、ゲームをしよう」
宗馬は思い通りにならない現状に怒りが湧いたのか「うう」と唸り声をあげて、自分の髪をくしゃりと握った。
九条は慌てず、タンバリンを軽く揺らして音を鳴らす。
「簡単だよ、俺が君の名前を呼ぶから呼ばれたら太鼓を叩いて」
九条はそう言って再度宗馬の前にタンバリンを差し出した。宗馬は一瞬手を差し伸べかけたが先ほどの九条の言葉を理解し我慢するように自分の足の先を掴んで九条の口から出される言葉を待つ。
「相場宗馬くん」
九条の言葉をきいて宗馬がタンバリンを叩いた。
先ほどよりも振りかぶった手により大きな音を出したが、本人もそして九条も気にしていない。
「はなだ るいか」
九条の言葉をきいた宗馬は上にあげた手をおろす。そして宗馬の唇が「違う」と動く。
「ヒルイ」
「違う」
「ルイ」
九条がその名を言った時、宗馬ではなく九条がタンバリンを叩いた。
宗馬は初めてちゃんと顔を上げて九条を見る。何かを確認するように。
そして九条に人差し指を向けた。
「ルイじゃない」
そうはっきり言った宗馬。九条はゆっくりと頷く。宗馬はルイの存在を確かなものとし、コミュニケーションをとっていた。当然のことだが、九条はいちから確認がしたかった。宗馬にとってルイという人間がどのようにうつっているのか。
「相場宗馬くん」
宗馬は名前を呼ばれ、再び荒々しくタンバリンの膜を叩いた。
「ルイは歌を歌っていた?」
宗馬はタンバリンを叩いた。それが「はい」という意味だと九条は理解する。
自分が花田瑠衣歌であれば、あの投稿をする前に必ず『愛の歌』を残すはず。あのスーパーの曲のことだろうか、いや、違う気がする。
では、どこに。
花田瑠衣歌がなぜあの投稿をしたのか、宗馬に何を残したのかそれを九条は知りたかった。
それが今彼女がどこにいるか分かるきっかけになるとは限らないが。
九条は黒い鞄の中からある楽器を取り出した。
ギターはさすがに持ってこられず、見た目としては似ているウクレレである。
宗馬の前にタンバリンを置いて、九条はウクレレを構える。
「ルイはこんな感じで歌ってた?」
「違う、大きいの」
「そうなんだね」
宗馬はウクレレに指を差してそう言う。『大きいの』おそらく花田瑠衣歌が抱えていたギターのことだろう。
九条がウクレレの一本の弦を親指で弾く。
「392」
九条は今回楽器の準備をするにあたって完璧にチューニングといわれる音の調整をしてきた。
宗馬の口から出た言葉は「さんきゅうに」。九条は小さな声で「やっぱりな」と呟いた。
今まで宗馬は『音』を反射的に答えていた。聞こえた音を一桁で羅列的に言っていたため九条自身も気づくのに遅れてしまっていた。宗馬が口に出しているそれは
「周波数か」
『周波数』といわれる、音の数字であった。



