悩む日菜の後ろから呑気な「よお」という声が聞こえた。日菜が振り返った先にいたのは、黒い鞄を片手に持ち白衣をきた九条である。
「ごめん、ちょっと楽器の準備に手間取って」
「楽器?」と首を傾げる日菜の横に九条は並んで宗馬と母親を見た。手に持っている黒い鞄が揺れれば中から鈴の音色や物と物がぶつかるのような音が聴こえる。
日菜は中身の見えない黒を見つめた。九条は何をしようとしているのだろうか。
そしてそれに興味を示した宗馬が母親の裾を握りしめていた手を九条の持っている物に伸ばした。
「宗馬、だめ」
母親が宗馬を止めるように上から手を重ねて下におろした。
その一連をみた九条が宗馬に優しく笑いかける。
「君のために持ってきたものです。触ってもいい」
素の九条から音楽療法士の九条に切り替わった瞬間だと日菜は感じとった。
「あ、あの」
母親が困惑したように日菜と九条を交互に見た。
日菜はなんとなくだが九条がやろうとしていることを察した。以前、宗馬にあった時のことを思い出したからだ。あの時2人は音楽で会話をしているようであった。
「よかったら、ちゃんと話を聞かせてもらえませんか」
日菜は改めて母親にそう言った。



