「今のはいったい…」
上がった片手をそのままにそう言った日菜。唖然としている日菜の横で九条が短くため息をつく。
「子どもを1人公園に置いていた状況を責められたと思ったんじゃねえの」
確かに日菜自身そこには違和感を感じたが、それを女性の前で言葉には出さなかった。むしろ知りたかったのは少年が言っていた「ルイ」についてだ。
「今の話の流れでなぜそう思っちゃったんでしょうか」
「あの母親自身が自分を責めているから、周りの声も自分のことを責めているように聞こえてんのかも。まさに自分も含めて四面楚歌ってか」
ぽんっと肩に手を置かれて九条にそう言われた日菜は「はあ、なるほど」と生返事をした。まったくなるほどではなかった。
責められることが分かっているならなぜ置いていくのだろうという疑問が日菜の中に浮かんでくる。自分を責めるほどにいけないことだと分かっているのに。
髪は無造作にくくられ、顔は疲弊し、警戒心を身に纏っていた。
ーーー『私はね、どんなことになってもこの子を守るって決めてるんだ。私の愛情を全部捧げて立派に育てる』
先ほどの美結の言葉を日菜は思い出した。
あのときの友達の顔と先ほどの女性の顔は同じ母親でも正反対のように感じる。
愛情とは簡単な話ではないのかもしれない。
「ひとまずあの親子から『ルイ』が何者なのかを教えてもらうために何をするべきかですね」
日菜はスーパーの入り口のスピーカー、ではなく、防犯カメラを視界に入れた。
「ああそう、じゃあ頑張って。ビールごちそうさま」
九条は軽い口調でそう言って日菜に背を向ける。
日菜は咄嗟に九条のパーカーのフードを引っ張った。
案の定身が後ろにのけぞった九条は、首がしまったのか「ぐっ」と鈍い声を発した。
「お前なあっ、呼び止めるにしてもやり方が手荒なんだよ、一般市民に暴行するなんて警察もおっかねえやつらだな」
「あの親子から話を聞くために協力してください」
「はあ?なんで俺が」
「話を聞くには『ルイ』と直接関わりを持っているあの少年からの情報が必須です」
先ほどの九条と少年の音と数字の会話を思い出した日菜。日菜自身には到底できないことだと分かっている。
それに九条からヒルイについての情報をすべて聞き出したようにはどうしても思えない日菜はどうにかしてこの九条という男を引き止めなければならない執念にかられていた。ここで逃せばもう話を聞けないかもしれない。九条が借りたハンカチを返すような律儀な男には見えなくなっていた。
「なんで俺が警察なんかに協力しないといけないんだ」
「私は九条さんを疑っています」
「え」
「私は九条さんを疑っています」
「いや聞こえてるよ」
九条の顔に怒りが滲み出る。「そういうことじゃねえ」とドスの聞いた声を出して日菜を睨みつけた九条。
初めて話を聞きに行った時、日菜の疑いを感じとると「もう話すことはありません」と突き放した時の雰囲気と似ていた。
この際はっきり言ってしまおうと日菜は腹を括った。そして巻き込んでしまえばこっちの勝ちだと。
正直日菜の中で九条がヒルイに何か危害を加えたという疑いはなくなっているに等しいもののヒルイについて何か隠していることがあるかもしれないと思っている。
本当に何もヒルイにたいして興味がなければここにはいないはずだ。



