彼女が真実を歌う時




「俺が昨日16時頃この公園に来た時もあの少年が現れた。1人で、だ」


『ルイがいません』のその言葉の繰り返し。少年は背丈などからおそらく小学生高学年か中学生ほど。ボーダーの青シャツをきており、手には何も持っていない。


「九条さん、あの『ルイがいません』って?」


「もしかしたら花田瑠衣歌のことかもな」


日菜は反射的に立ち上がり、少年のもとに近づこうとするがそれは九条によって止められた。
止められる筋合いなどないと、掴まれた腕と九条を流れるように睨みつける。


「今はだめだ、見てみろ、あの状況で落ち着いて話が聞けると思うか?それに保護者もいない」


静かにそう言われ、日菜は咄嗟にあつくなり行動にうつしてしまった不甲斐なさと恥ずかしさで弱々しく「確かにそうですね」と言葉を放った。
保護者が近くにいない未成年の少年に見知らぬ大人が話しかけてしまえばそれこそ警察を呼ばれてしまうかもしれない。

おずおずと引き下がった日菜。九条は注意深く少年を見つめながら日菜の腕を離した。

日菜は自らの腕時計に目をやる。16時15分。
昨日も同じ時間帯に来ていたということはこの場所は少年のルーティンとなっている可能性があり、そしてそこには『ルイ』と呼ばれる人物が絡んでいるということだ。

日菜は公園のすぐそばにあるスーパーへと目をやる。

ヒルイが示した投稿の場所がここだとして、ルイがヒルイだとしても投稿の意味までは理解できない。


「九条さん」

「あ?」

「あの少年は昨日もああいう行動を?」

「ああ。最初は1人で嬉しそうに公園に入ってくるが『ルイ』というやつがいないことが分かると、ああやって『ルイがいません』と砂場をぐるぐる周っていた」

自らの髪を両手で乱しながら日菜や九条の方には目もくれずただ走り回る少年。


「昨日九条さんはどうしたんですか」

「道に飛び出したり自傷行動があったら止めに入ろうと思っていたが、昨日はしばらくすると走り疲れたのか砂場の真ん中でうずくまってひたすら数字の羅列を唱えていた」


「数字の羅列?」


「何かの数字かまでは分からなかった。しばらくして公園の入り口のところに保護者らしき女性が迎えに来て帰っていった」


九条が昨日の流れを説明しおわった時、九条が言ったように少年は砂場の真ん中にしゃがみこんで膝と膝の間に顔を埋めた。
そしてゆらゆらと身体を揺らしながら数字を言い始める。
確かに何の数字かは到底分からない。早口でただ適当に数字の羅列を言っているようにも聞こえた。


「ただ花田瑠衣歌さんのことを聞きたいだけなのですが…」


「保護者を待つか」


「そうですね」


日菜と九条は再びベンチに腰を下ろした。
九条は少年から目を離さない。先ほど言ったように危ないことをしないかみているようだった。

日菜の頭の中はぐちゃぐちゃであった。繋ぎ合わない点と点の間をぐるぐるとあらゆる方向に線を描いているような。
少年とヒルイとの関係性やあの投稿と今の状況の繋がりがあるか、あるとしても何がどうなっているのか訳が分からず答えの出ない思考をぐるぐると回しているだけである。
そんな様子を見かねてか九条が口を開いた。


「要は、俺たちから近づくんじゃなくてこっちに来させればいいよな」


「え?」


九条がニヤリと笑い、ポケットからスマホを取り出した。
そしてしばらく操作したあと、画面を横にした。
日菜が画面を覗き込むとそこに映っていたのはピアノの鍵盤である。


「今の時代便利だよな、すぐにこうやって奏でられる」


そう言って九条は人差し指で画面を叩く。
1音、静かにそこに響いた。
スマホのアプリで楽器を奏でられるものがあり、九条はそれを利用して少年の気を引こうとしている。
日菜は九条の手元から少年へと瞳を移したが、少年はまだうずくまっていた。





九条はもう1音弾いて、そしてゆっくりとメロディを紡いでいく。
5秒ほどのメロディーを九条が2回弾いたところで、少年が顔をあげた。聴き覚えがあるからであろう。
日菜にもそれが何かが分かった。

なぜなら、現在すぐ横のスーパーでかかっている音楽だからだ。
少年が立ち上がっておそるおそるこちらに近づいてくる。
そして私たちの前で立ち止まった。
入り口の自動ドアが開いたりしまったりするたびにその音楽は鮮明に聴こえたり、こもったりを繰り返している。それをなぞるように九条は弾き続けた。

少年は九条の持っているスマホを人差し指でさして口を開く。


「あいのうた」


メロディが止まった。