「俺のせいで君に迷惑を掛けてしまった。こんなに頬が赤くなってしまって……」
「う、ううん。全然平気だよ。あんなのいつものことだから」
「それにしたって、君はもう少し反論したって良いはずだ。いったい君の家族は何様のつもりなんだ! 姉は我が儘放題で、両親はその言いなり! 君のことなんて無視して動物以下の扱いじゃないか!」
「仕方ないよ。あの人たちにとって大切なのは双子のお姉ちゃんの爽月で、妹の私はただのおまけみたいなものだもの。爽月は頭が良くて運動もできて、顔も良いからみんなに好かれているんだ。一昨年には芸能事務所からスカウトされてモデルもやっているんだよ。ほら、これ」
先程爽月に投げつけられた雑誌を拾うと響葵に見せる。彩月に当たった衝撃でぐちゃぐちゃになってしまったものの、彩月たちの年代に人気の女性向け雑誌の表紙に写っていたのは人当たりの良さそうな笑みを浮かべた爽月だった。
雑誌を置いてその場でパンプスと一緒にストッキングや上着を脱いでしまうと、響葵を抱いたまま洗面所に向かう。洗面台の蛇口を捻ると、響葵の身体にお湯をかけたのだった。
「爽月がネットに投稿しているショート動画を見た事務所の社長さんが直々に声を掛けてきたんだって。今では世界中にファンがいるんだよ」
「それでも君には君の良さがある。双子の姉と比較して貶める必要はないはずだ。君の両親も……」
「私はね、失敗作なの。爽月のようになりたくて勉強も運動も頑張ったけれど、何一つとして敵わなくて。爽月と同じ合格率が低いトップクラスの難関大学を受験したんだけどそれも不合格で。お父さんとお母さんには『お前は爽月以下で、何の価値も無い』って言われたんだ」
備え付けの石鹸を手に取ると、響葵の手足や身体を洗っていく。爽月たちは汚いと言っていたがあまり汚れていなかったので、どこかの家から逃げ出したペットなのかもしれない。
響葵は「先に君が洗った方が……」と繰り返していたが、しばらくすると諦めたのか彩月にされるがままに洗われたのだったのだった。
「受験に落ちたとは言っても、たった一度失敗しただけじゃないか。姉と同じとはいかないが、君だって他の大学に合格しただろう」
「今の大学はね。私の学力でも確実に学費が全額免除になる特待生になれるところだから受けただけなの。受験に落ちた後、将来性が無い私にはもうお金を使いたくないって言われたんだけど、どうしても大学に行きたかったから。それで短大でもいいからって、今の大学を受験したの。定員割れしていたから受かりやすかったし、特待生になれば大学指定の学生寮も安く入れるから……」
本当はこの実家から大学に通うつもりだったが、爽月が彩月と一緒にいるところを事務所の関係者や大学でできた友人たちに見られたくないと騒ぎ出した。そこで彩月が実家を出て行くことになったが一人暮らしは金が掛かるということで、大学から紹介された学生寮に入ることになったのだった。
寮生の大半は県外から進学してきた人たちなので、大学からほどほどに近い場所に住んでいる彩月は相当な場違いだが、それでも四六時中、家族から小言や爽月の自慢話を聞かせられないだけまだ良い方だった。
「今日は用事があるから帰ってくるように爽月に言われたんだけど、ただ単に自分が人気者であることを自慢したかっただけみたい。付き合わせちゃって、ごめんね」
「俺は構わない。ただその……あまり家庭の事情に首を突っ込むのも悪いと思って黙っていたのだが……君は辛くないのか。こんな扱いを受けて、痛く苦しい思いをして。双子の姉の誕生日ということは、今日は君の誕生日でもあるのだろう。それなのにこんな雲泥の差……」
「大丈夫だよ。大学を卒業したらどこか遠くに行くつもりだし、辛いのは今だけ。それに今日で二十歳になったの。“大人”になったことだし、これからは自由に生きるんだ。特にやってみたことはないし、結局はその場しのぎでしかないけれど……とりあえずどこかに就職して、それからゆっくり考えるつもり。そのためにも就活を頑張らなきゃね」
お湯を止めると、近くにあったタオルで響葵を拭くが、その間も響葵は身震いして長い毛に付いた水滴を洗面所の床や壁に飛ばしてしまう。当の響葵は「すまない、つい……」と言って、申し訳なさそうに掃除を申し出てくれたが、その愛らしい姿に「気にしないで」と彩月は頬を緩めたのだった。
「う、ううん。全然平気だよ。あんなのいつものことだから」
「それにしたって、君はもう少し反論したって良いはずだ。いったい君の家族は何様のつもりなんだ! 姉は我が儘放題で、両親はその言いなり! 君のことなんて無視して動物以下の扱いじゃないか!」
「仕方ないよ。あの人たちにとって大切なのは双子のお姉ちゃんの爽月で、妹の私はただのおまけみたいなものだもの。爽月は頭が良くて運動もできて、顔も良いからみんなに好かれているんだ。一昨年には芸能事務所からスカウトされてモデルもやっているんだよ。ほら、これ」
先程爽月に投げつけられた雑誌を拾うと響葵に見せる。彩月に当たった衝撃でぐちゃぐちゃになってしまったものの、彩月たちの年代に人気の女性向け雑誌の表紙に写っていたのは人当たりの良さそうな笑みを浮かべた爽月だった。
雑誌を置いてその場でパンプスと一緒にストッキングや上着を脱いでしまうと、響葵を抱いたまま洗面所に向かう。洗面台の蛇口を捻ると、響葵の身体にお湯をかけたのだった。
「爽月がネットに投稿しているショート動画を見た事務所の社長さんが直々に声を掛けてきたんだって。今では世界中にファンがいるんだよ」
「それでも君には君の良さがある。双子の姉と比較して貶める必要はないはずだ。君の両親も……」
「私はね、失敗作なの。爽月のようになりたくて勉強も運動も頑張ったけれど、何一つとして敵わなくて。爽月と同じ合格率が低いトップクラスの難関大学を受験したんだけどそれも不合格で。お父さんとお母さんには『お前は爽月以下で、何の価値も無い』って言われたんだ」
備え付けの石鹸を手に取ると、響葵の手足や身体を洗っていく。爽月たちは汚いと言っていたがあまり汚れていなかったので、どこかの家から逃げ出したペットなのかもしれない。
響葵は「先に君が洗った方が……」と繰り返していたが、しばらくすると諦めたのか彩月にされるがままに洗われたのだったのだった。
「受験に落ちたとは言っても、たった一度失敗しただけじゃないか。姉と同じとはいかないが、君だって他の大学に合格しただろう」
「今の大学はね。私の学力でも確実に学費が全額免除になる特待生になれるところだから受けただけなの。受験に落ちた後、将来性が無い私にはもうお金を使いたくないって言われたんだけど、どうしても大学に行きたかったから。それで短大でもいいからって、今の大学を受験したの。定員割れしていたから受かりやすかったし、特待生になれば大学指定の学生寮も安く入れるから……」
本当はこの実家から大学に通うつもりだったが、爽月が彩月と一緒にいるところを事務所の関係者や大学でできた友人たちに見られたくないと騒ぎ出した。そこで彩月が実家を出て行くことになったが一人暮らしは金が掛かるということで、大学から紹介された学生寮に入ることになったのだった。
寮生の大半は県外から進学してきた人たちなので、大学からほどほどに近い場所に住んでいる彩月は相当な場違いだが、それでも四六時中、家族から小言や爽月の自慢話を聞かせられないだけまだ良い方だった。
「今日は用事があるから帰ってくるように爽月に言われたんだけど、ただ単に自分が人気者であることを自慢したかっただけみたい。付き合わせちゃって、ごめんね」
「俺は構わない。ただその……あまり家庭の事情に首を突っ込むのも悪いと思って黙っていたのだが……君は辛くないのか。こんな扱いを受けて、痛く苦しい思いをして。双子の姉の誕生日ということは、今日は君の誕生日でもあるのだろう。それなのにこんな雲泥の差……」
「大丈夫だよ。大学を卒業したらどこか遠くに行くつもりだし、辛いのは今だけ。それに今日で二十歳になったの。“大人”になったことだし、これからは自由に生きるんだ。特にやってみたことはないし、結局はその場しのぎでしかないけれど……とりあえずどこかに就職して、それからゆっくり考えるつもり。そのためにも就活を頑張らなきゃね」
お湯を止めると、近くにあったタオルで響葵を拭くが、その間も響葵は身震いして長い毛に付いた水滴を洗面所の床や壁に飛ばしてしまう。当の響葵は「すまない、つい……」と言って、申し訳なさそうに掃除を申し出てくれたが、その愛らしい姿に「気にしないで」と彩月は頬を緩めたのだった。



