浮き足立った気持ちのまま廊下を歩いて、元の彩月の実家に繋がっているという扉の前に着く。そこではこの屋敷にそぐわない派手な格好をした黒いサングラスの青年が二人を待っていたのだった。

「待ちくたびれちゃったよ。楽しい時間を過ごしたようだね」
「げっ……お前は……」
「初めまして、新しい月の姫。お会いできて光栄です。オレの名前は天里。今日からヒビと一緒にお仕えするので、どうぞよろしく」

 天里と名乗った青年はサングラスを外すと、片目を瞑って彩月の手の甲に口付けを落とす。すかさず「気安く触れるな!」と響葵が手を払ってしまう。

「彩月と言います。上着を貸してくれた方、ですよね?」

 うなじまで伸ばした濡羽色のロングヘアと黒いサングラス、どことなく薄着であるもののパンクスタイルに似た目立つ装い。それは響葵を連れて実家に向かう途中で出会った、ペットのうさぎを探していた男性と同じであった。

「そうだよ。あのヒビが珍しく騒いでなかったから、君が月の姫だとすぐに分かった。その振袖もよく似合ってる。届けさせて正解だった」
「天里さんが届けてくださったんですね。ありがとうございます」

 彩月が頭を下げれば、天里が妖艶な微笑を浮かべる。響葵が爽やかな青年の笑みだとすれば、天里は魅惑的な大人の笑みだろう。
 見た目や性格は正反対のようだが、何処となく似通っているのはやはり兄弟だからなのか。
 彩月の代わりに月祈乃から託された神器が入った桐箱を手にした天里が「それより」と口を開く。
 
「彩月ちゃんは早く戻った方がいいかも。君の家族が帰ってきて、新たな月の姫に挨拶にきた子孫たちと揉めてる。仲裁した方が良い。君の家族が大怪我をする前に」
「止めなくていいんじゃないか。これまで彩月に手酷い仕打ちを繰り返してきたのだ。灸を据えても良いくらいだ」
「それならいいけど、早く行かないと面白いシーンを見逃すよ。君の姉妹は君への恨み言を口にしては子孫たちの逆鱗に触れて、晴れ着も髪もズタズタにされているし、助けようとした両親も返り討ちに遭ってる。やり返すなら今がチャンスだよ」
「それはいいな。行くか、彩月。君はもう一人じゃない。俺と天里がついている。何があっても、俺たちが守り抜く」
「彩月ちゃんはオレたちの大切な姫。これからは指一本触れさせない。勿論、オレたちを除いてね……」

 響葵が彩月の手を取って指を絡めれば、すかさず天里が彩月の肩を掴んで引き寄せる。

「その後は新たな姫の誕生を祝してディナーはどう? 最高級ホテルのレストランを予約しているよ」
「天里、そこに誕生日プランは追加できるか。今日は彩月の誕生日でもあるのだ」
「それは祝わないと。すぐに連絡して聞いてみる」
「ありがとう、二人とも」
 
 エスコートされるようにして扉に入る直前、彩月は二人を順に見つめる。
 
「えっと……これからよろしくね?」
「よろしく頼む、彩月」
「よろしくね、彩月ちゃん」

 二十歳になったこの日、彩月は新たな道を歩き始める。自分の前にだけ現れた、月の姫という道を。