「自信を持てないのは家族が原因か?」
「そうなのかな。受験に失敗するまで、私だって爽月のようになれると信じていたの。そうしたら家族の輪に入れてもらえるって……でもダメだった。やっぱり私は生まれた時から姉のおまけの出来損ないで……爽月のようになれると、勘違いしていただけ」
「そうとは限らないだろう。君はまだ自分の中に眠る本当の才能を開花させていないだけかもしれない。後から目覚めることは往々にしてある。俺たちだってそうだった」
「響葵くんも?」
「俺たち玉兎族は月に暮らす生物の中で最弱と呼ばれる種族だ。玉兎族は一度に数頭を産むが、両親が育てるのはその内のたった一頭のみ。他は全て捨てられる。俺と天里も親に捨てられた」

 彩月も知らない推しの――響葵の過去に言葉を失う。
 
「他の生物に喰われるか餓死するはずが、運が良いことに俺たちは姫に拾われた……他の兄妹は全員死んでいたそうだ」
「そうだったんだ……」
「我が子のように姫に育てられて、俺たちは人に転じる力を得た。両親に育てられてもうさぎ姿のまま生涯を終える者が多い中で、人に転じられる者はほんの少数。最初こそ俺たちは何の能力も持たない“出来損ない”だったが、後から才能を開花させた。両親は俺たちの才能を見抜けなかったということだ。とんだ笑い種だな」

 響葵は遠くを見ながら、そっと息を吐く。

「他人の評価なんて当てにするな。君は君が思うままに生きればいい。君が持つ才能を姉は持っていない。唯一にして無二のものだ。君が姉になれないように、姉だって君になれない。その才能を開花させて、家族を見返してやるといい。そのための協力を俺たちは惜しまない」
「私にできるかな……」
「何事もやってみなければ分からないが、君ならできると俺は信じているぞ。何せ……俺が見つけた月の姫だからな」

 そこまで言った後、響葵は「そういえば」思い出したように、彩月を見つめる。

「今日は君の誕生日だったな。記念に何か贈らせて欲しい。考えておいてくれ」
「そこまで気を遣わなくていいよ。欲しい物なんて無いから」
「謙遜しなくていい。君と出逢えた記念に贈りたいのだ。どんな物でもいい。必ず用意しよう」
「それなら一つだけ。『お誕生日おめでとう、彩月』って言ってほしいの」
「そんなことでいいのか?」
「人生で一度くらい、推しに誕生日を祝われたいの。それにもう誰も祝ってくれる人はいないから……」

 響葵が眉を寄せて考え込んでしまったので、変なことを言ってしまったと彩月は後悔し始める。足元を見つめながら歩き続け、やがて屋敷の縁側まで戻ってきたところで彩月は口を開く。

「あの、さっき言ったことだけど……」
「彩月」

 いつの間に摘んだのか響葵の手には一輪の薄桃色の秋桜が握られていた。顔を上げると、響葵はそっと両目を細めて笑みを浮かべたのだった。