「きっかけなのかは分かりませんが、とても辛いことがあった時に自分の中で何かが切れて溢れてきたんです。我慢の限界に達しただけだと、思っていましたが……」
「それが月の民としての覚醒の合図です。そして彩月さまはわたくしが地球に送る力――『月の加護』と相性が良いのでしょう。『月の加護』と相性の良い者が次の月の姫に選ばれます。響葵はそれを感じ取り、月の姫だと思って連れてきた。わたくしも感じています。彩月さまの中に眠る『月の加護』を……」
「『月の加護』……?」
「月の姫だけが持つ力です。月の民が持つ神秘的な術の力の源にして、地球に暮らす人々に安らぎと眠りを与えます。わたくしたちが夜に眠るのは『月の加護』の影響だと言われております。眠ることで『月の加護』を吸収していると。そして月の民には特別な力を分け与えます」
「具体的にはどんな力なんですか?」
「多いのは怪我の回復や自然を操る超常的な力、そして変化でしょうか。響葵が人間の姿になれるのも、『月の加護』のおかげなのです」
月祈乃の言葉でそうなのかと響葵を振り返れば、響葵は深く頷く。
「俺はうさぎの姿をした月の民――玉兎族と呼ばれる種族で、君と出会った時の姿こそ本来の姿だった。ある時から人の姿に転じられなくなってうさぎのまま暮らしていたが、君が持つ『月の加護』のおかげでまた人になれた。感謝する」
「私は何もしてないよ。やっぱり自分が月の姫なんて信じられないし、私なんて爽月に比べたら全然良いところもない……他の人の方が絶対良いって……!」
「それは……」
「響葵、少しだけ彩月さまと二人きりにしてもらえませんか。眉月はあれを用意してください」
「畏まりました」
一礼して響葵が出て行くと、眉月と呼ばれた臙脂色の着物の女中も会釈と共に引き戸を閉めていなくなってしまう。そうして部屋には彩月と月祈乃だけが残されたのだった。
これだけ親切にされながら断ったことを責められるのかと彩月が覚悟して両手を握り締めていると、月祈乃は柔和な笑みを崩さずにゆっくりと話し始める。
「混乱させてしまいましたね。わたくしもそうでした。月の民や月の姫と言われても現実味が無くて、月に都があるなんて伝説だと思っていました。月の姫として覚醒するために日本から月の都に連れて来られて、見知らぬ月の民と結婚させられて。何もかもが分からないままでした」
「月祈乃さんも日本で暮らしていたんですね」
「わたくしも元はただの女学生。華族の令嬢として父母が決めた殿方と結婚して子供を産んで、どこにでもあるような人生を歩むと思っていました。それがある日急に月の姫だと言われて、月の民を守って欲しいと頼まれて……本当に導けていたのか今でも自信はありません。夫となった月の民も早くに亡くなり、子供にも恵まれませんでした。そしてわたくしにも……そろそろ刻限が迫っています」
そうして月祈乃は「お願いがあります」と彩月の目をじっと見つめる。
「どうかわたくしの跡を継いで月の姫になってくださいませんか。勿論、今すぐにとは言いません。わたくしももう少し耐えるつもりです。今のところ月の姫に相応しい者は彩月さま以外見つかっておりません。貴女さまだけが頼りなのです」
「でも、私は何をしたらいいのか分かっていません。月祈乃さんの代わりに月の民の頂点に立つ自信もありませんし……」
「響葵と天里に限らず、地球にも多くの月の民の子孫や協力者がいます。その者たちと協力してください。そしてご自身が持つ『月の加護』を扱えるようになってください。そうすれば月の姫として覚醒できるでしょう。あとは……これも彩月さまに預けます」
いつの間にか戻ってきていた眉月が桐箱を彩月たちの前に置くと蓋を開ける。中には大きな満月と平安時代に登場するような十二単姿の女性の絵が描かれた木製の扇とショールのような白い布地が入っていたのだった。
「それが月の民としての覚醒の合図です。そして彩月さまはわたくしが地球に送る力――『月の加護』と相性が良いのでしょう。『月の加護』と相性の良い者が次の月の姫に選ばれます。響葵はそれを感じ取り、月の姫だと思って連れてきた。わたくしも感じています。彩月さまの中に眠る『月の加護』を……」
「『月の加護』……?」
「月の姫だけが持つ力です。月の民が持つ神秘的な術の力の源にして、地球に暮らす人々に安らぎと眠りを与えます。わたくしたちが夜に眠るのは『月の加護』の影響だと言われております。眠ることで『月の加護』を吸収していると。そして月の民には特別な力を分け与えます」
「具体的にはどんな力なんですか?」
「多いのは怪我の回復や自然を操る超常的な力、そして変化でしょうか。響葵が人間の姿になれるのも、『月の加護』のおかげなのです」
月祈乃の言葉でそうなのかと響葵を振り返れば、響葵は深く頷く。
「俺はうさぎの姿をした月の民――玉兎族と呼ばれる種族で、君と出会った時の姿こそ本来の姿だった。ある時から人の姿に転じられなくなってうさぎのまま暮らしていたが、君が持つ『月の加護』のおかげでまた人になれた。感謝する」
「私は何もしてないよ。やっぱり自分が月の姫なんて信じられないし、私なんて爽月に比べたら全然良いところもない……他の人の方が絶対良いって……!」
「それは……」
「響葵、少しだけ彩月さまと二人きりにしてもらえませんか。眉月はあれを用意してください」
「畏まりました」
一礼して響葵が出て行くと、眉月と呼ばれた臙脂色の着物の女中も会釈と共に引き戸を閉めていなくなってしまう。そうして部屋には彩月と月祈乃だけが残されたのだった。
これだけ親切にされながら断ったことを責められるのかと彩月が覚悟して両手を握り締めていると、月祈乃は柔和な笑みを崩さずにゆっくりと話し始める。
「混乱させてしまいましたね。わたくしもそうでした。月の民や月の姫と言われても現実味が無くて、月に都があるなんて伝説だと思っていました。月の姫として覚醒するために日本から月の都に連れて来られて、見知らぬ月の民と結婚させられて。何もかもが分からないままでした」
「月祈乃さんも日本で暮らしていたんですね」
「わたくしも元はただの女学生。華族の令嬢として父母が決めた殿方と結婚して子供を産んで、どこにでもあるような人生を歩むと思っていました。それがある日急に月の姫だと言われて、月の民を守って欲しいと頼まれて……本当に導けていたのか今でも自信はありません。夫となった月の民も早くに亡くなり、子供にも恵まれませんでした。そしてわたくしにも……そろそろ刻限が迫っています」
そうして月祈乃は「お願いがあります」と彩月の目をじっと見つめる。
「どうかわたくしの跡を継いで月の姫になってくださいませんか。勿論、今すぐにとは言いません。わたくしももう少し耐えるつもりです。今のところ月の姫に相応しい者は彩月さま以外見つかっておりません。貴女さまだけが頼りなのです」
「でも、私は何をしたらいいのか分かっていません。月祈乃さんの代わりに月の民の頂点に立つ自信もありませんし……」
「響葵と天里に限らず、地球にも多くの月の民の子孫や協力者がいます。その者たちと協力してください。そしてご自身が持つ『月の加護』を扱えるようになってください。そうすれば月の姫として覚醒できるでしょう。あとは……これも彩月さまに預けます」
いつの間にか戻ってきていた眉月が桐箱を彩月たちの前に置くと蓋を開ける。中には大きな満月と平安時代に登場するような十二単姿の女性の絵が描かれた木製の扇とショールのような白い布地が入っていたのだった。



