「キョウくんのマネージャーさんが運営する宣伝用の公式SNSは復帰の準備をしているような投稿を繰り返していたんだけどね。ある日、急に引退を宣言しちゃって、公式SNSも閉鎖しちゃって。キョウくんのファンだった人たちもどんどん他のアイドルに移って、キョウくんについて投稿する人はいなくなったの。でも私はキョウくんを忘れられなかったし、忘れたくなかった。だから自分だけでもキョウくんを覚えていようと思って、SNSを始めたんだ。共感してくれる人もいれば、誹謗中傷する人もいるんだけどね……」
「他のアイドルを好きになろうとは思わなかったのか?」
「思わないよ。だってあの日の自分を救って、今日まで生きる力を与えてくれたのはキョウくんだったから。私はキョウくんのために生きるって決めたんだ。たとえ何年、何十年経ったとしても、キョウくんを絶対に忘れない、いつまでもキョウくんを信じるって心に決めて……つまらない話を聞かせたよね、ごめんね」

 それでも響葵は心ここにあらずといった様子でポスターを見つめていたので、心配になった彩月は響葵の背中に顔を近づけると、首の後ろに顔を埋めた。これには流石に響葵も反応せざるを得なかったようで、その場で小さく飛び上がったのだった。

「な、なにをする……っ!?」
「猫を飼っている友達がこうして吸っていたから、うさぎもできるのかなって思って。洗い立てだからかな、石鹸の香りがするね」
「そ、そうか……」

 温かく柔らかな黒い毛に頬を摺り寄せていると、沈んでいた気持ちが落ち着いてきた。ずっと誰かに語りたかった推しへの想いを口にしたというのもあるかもしれない。
 
「毛もふわふわになって気持ち良いね。でもまた洗い直さないとダメかな。汚い私が顔を付けちゃったし……」

 先にシャワーを浴びて爽月の荷物を待ちつつ響葵を洗い直そうと考えた瞬間、響葵の身体が白い光に包まれ出す。驚いて顔を離すと響葵の身体は上下に伸びて手足が出来ていき、徐々に人の形を成していった。

「響葵くん……?」

 やがて月光のような白い光が霧散すると、響葵が居た場所には一人の若い男性が顕現したのだった。

「えっ……」
 
 濡羽色をした長めの前髪とツーブロックの髪型、そして白皙の肌と鼻梁の整った顔立ち。それはまさに男性の後ろに貼られた響夜のポスターそのものの姿であった。