(最悪。やっと最終面接までいったのに失敗しちゃった……)
 
 駅から実家までの抜け道である川沿いの土手を歩きながら、彩月(いつき)は大きな溜め息を吐く。連日着ている就活用の黒スーツはどことなくくたびれており、黒いパンプスも踵が擦り減っていた。気付けば連日使っている就活用のビジネスバッグもボロボロになってきたので、全て買い替える必要があるかもしれない。
 実家からの仕送りが無く、短大に入学した時から続けていたバイトも就活が本格する前に辞めてしまった。今はバイトで貯めた貯金を切り崩して就活の費用に充てているがいつまで続くか分からない以上、あまり余計な出費は増やしたくなかった。半年後に迫る成人式の振袖と卒業式の卒業袴でさえ、泣く泣く断念したばかりだというのに。

(着古したものでいいから爽月(さつき)から貰えないかな……)
 
 そんなことを考えていたからか、手に持っていた彩月のスマホが着信を告げた。目を落とせば双子の姉である爽月からだった。

『遅い! いつになったら帰ってくるのよ! このノロマ!』

 絵文字も無い素っ気ない文章。疲れているからか、もう何も考えられない。それ以前に、爽月からの連絡は五分以内に返さないといけない暗黙のルールがある。返事をしなければ、彩月が連絡を無視したと爽月が騒ぎ始めて両親からも怒られてしまう。両親は爽月至上主義なので、彩月の事情などお構いなしだった。彩月は機械的に文章を打つと速やかに送信する。

『駅を降りて向かっているところ。もう少しで着くから』
 
 返事をしたついでにせっかくスマホを見ているからと、SNSのアプリを開いてフォローしている企業やフォロワーの投稿をチェックする。するといつもとは違ってアプリのマスコットキャラたちが画面いっぱいに現れたかと思うと、花束のイラストと共に文章が表示されたのだった。

『お誕生日おめでとう! “キョウくん大好き布教中@ただいま就活中”さん!』
 
 色とりどりの花と風船のイラストに囲まれて、『お誕生日おめでとう!』のメッセージがカラフルに明滅する。瞬きを繰り返して呆けたように画面を凝視していた彩月だったが、やがて両目からは涙が溢れたのだった。

(ああ、そうだった。今日は私の誕生日で……)

 将来の心配ばかりしてすっかり忘れていた。今日は自分の二十歳の誕生日だった。爽月中心の両親は祝ってくれないから。誕生日を覚えているのはもう彩月だけとなってしまった。
 優秀で美人な勝ち組の爽月と違って、不出来で不細工な負け組の彩月のことを両親は邪魔者としか思っていない。爽月も血を分けた妹である彩月のことは、存在しなかったかのように振る舞っている。
 外では話しかけるな、姉と呼ぶな、自分の存在は誰にも話すなと、常に彩月とは他人であろうと徹底していた。事情を知らない人が姉妹として対等に扱おうとすれば怒り狂い、その度に彩月は八つ当たりをされた。

『もし自分に消したい失敗があるとすれば、彩月という“出来損ない”と同時に産まれてしまったこと』だ、とまで言われて――。
 
 小学校に入るまではここまで酷く無かったし、爽月とはそこそこ良い姉妹関係を築けていたと思う。爽月ほどでは無いが、スポーツや芸術面でもそれなりに成果を挙げて、テストでも良い成績を維持した。
爽月と一緒に県内有数の進学校に入学してからも、遊びの誘惑や寝る間も惜しんで勉強に充てて、秀才な爽月に追いつこうとした。
 そんな彩月と家族の関係が決定的に崩れてしまった原因は、凡才な彩月が分不相応にも爽月と同じ国内屈指の難関大学を受験したことによる。
 爽月が合格したのに対して、彩月は不合格だったからであった。