路地裏をそのまま進む。
いくらか進んだところで、タケミがひとつの扉の前で足を止めた。
扉の上には筆記体の看板がある。流暢すぎて私には店名が読めない。ただ扉には『CLOSED』と、こちらはブロック体で読みやすい看板がかかっていた。
「えっと……閉まってる?」
確かそういう意味だったと思う。お姉ちゃんが持ってきてくれたマンガにこういう場面があって、お姉ちゃんに意味を聞いたことがある。
「うん、閉まってる」
そう言ったくせに、タケミはドアノブに手を掛け、回した。
ドアはすんなり開いてしまった。
「おーい、お客様だぞ、神様だぞ」
タケミがふてぶてしくそう言いながら、お店に入っていく。
神様って言っちゃっていいんだろうか、そう思いながら、私は慌てて追いかける。
「わあ……」
その中の第一印象は狭苦しい、だった。
薄暗く、雑然としている。
内装が主に木で出来ているせいか、コンビニとも学校とも、まったく雰囲気が違う。
そしてそこには所狭しと服が置かれていた。たくさんのカラフルな服。
マネキンに着せられているもの、ハンガーに掛かっているもの、棚にたたまれているもの。
服屋さんだ。それがわかった。
「正確には古着屋だな」
タケミがそう注釈を入れた。
ぎゅと間を詰めるように置かれた服は、なんだか身を寄せ合っているようで、不思議なあたたかみを感じた。
お店には窓がなかった。橙色のランプの明かりだけが店内を照らしている。
店内はきりっとした香りがしていた。お香だろうか。お香ならお宮でも焚かれていたけれど、これは嗅いだことのない香りだった。
「おーい、店長ー」
「聞こえてるよ」
不機嫌そうな声が返ってきた。
お店の奥から、人が出てきた。
女性だ。年上の女性。無造作に髪を束ねているが、それがゆったりとした洋服と妙に似合っていた。
彼女は顔をしかめながらこちらへやって来て、タケミの顔をじろりと睨んだ。
私は人の年齢を知らない。
実の父ですら、年齢について聞いたことはなかった。
わかるのは自分とお姉ちゃんの年齢くらいだ。
だから目の前の人がいくつかぱっと見でわからない。
私や姉より年上だと思う。父とは同じくらいかもしれない。
タケミよりも年上に見えたけれど、そもそもタケミは神様だから、彼の年齢を人間と同じように考えるのは、たぶん間違っているのだろう。
「なんだい、久しぶりに顔見せたと思ったら、朝っぱらから勝手に店に入って来やがって。しかも言うに事欠いて神様だあ? お客様は神様です、なんて言葉はもう絶滅したんだよ」
なるほど。タケミの言っていた神様とはそういう意味なのか。普通は素直に受け取られない冗談のようなものなのだ。
そこで店長さんが私の方をじっと見た。
「しかも、誰だい、その子。子供は学校に行く時間だよ」
学校には、さっき行ってきたばかりだ。
そういうことでは、ないのだろうけれど。
私の方を見る店長さんの目は、思っていたより厳しくなかった。
どこか思慮深くじっとこちらを探るように見ている。
「……似合わないね」
視線を服の方に落とした彼女に、きっぱりと切り捨てられた。
「はい……」
タケミにも言われたし、自分でもそう思うので、反論はない。
「はあ……。いいよ、もう、勝手に選びな」
めんどくさそうにそう言って、彼女は木のイスに腰掛けた。
「店長、そんなこと言わずに似合う服見繕ってやってくれよ」
「お前、どんだけツケ溜めてると思ってるんだい。それで時間外に接客までやらせようって、いくらなんでも面の皮が厚すぎんだろ」
「あはは」
容赦のない言葉を浴びせかけられても、タケミはこともなげに笑った。
「あたしは選ばないよ、あんたが選んでやりな。寸法くらいは見てやるから」
店長さんは投げやりにそう言った。
「……俺、かあ」
タケミは初めて困ったような声を出した。
「俺にそんなセンスないぞ、店長。知ってるくせに。そんなやつに初めての服を選ばれるなんて、茜がかわいそうだろう」
「初めて?」
店長さんは一瞬怪訝そうな顔をしたが、その話題に拘泥しなかった。
「知らないよ、かわいそうかどうかなんて本人に聞きな」
店長さんがまたこちらを見たので、私は慌てて口を開く。
「あ、えっと、私は、大丈夫……」
「うーん……」
私の言葉はタケミを余計に困らせたらしい。
けれどもすぐに笑顔になって、こちらへやって来た。
「よし、じゃあ、一緒に選ぼう」
「は、はい」
こうして私は、タケミのあとに続いて、居並ぶ服の中に分け入った。
ハンガーに掛けられた服がぎゅうぎゅうに詰まっている。その隙間にタケミがぎゅっと手をねじ込んで、二枚の上衣を取り出した。
一枚はタケミがジャケットの中に着ているような派手な色のシャツ、もう一枚は毛糸で編まれた暖かそうな服。
「うーん……」
タケミは私の前にその服を突き出して、交互に重ね合わせた。
「シャツはカラフルすぎるかな……、セーターもぶかぶかだ。茜、これ、興味あるか?」
「えっと……」
じっと見る。
興味はある。けれども私にとってはそもそもこの店にあるほとんど全部が等しく興味深い。
この中から一組を選ばなければいけないなんて、途方もないことに思えた。
「保留だ、保留」
ふたつの服を棚の上にぽいと置いて、タケミがまた服を漁りだす。
「ズボン……スカート……。巫女服に近そうなのは、キュロットとかか?」
タケミがぶつぶつ言いながら、服を眺めていた。
キュロットが何かは知らないが、どうやら私が着やすいことを重視して、服を探してくれているらしい。
そしてタケミが見つけ出した茶色のズボンは裾の方が広がっていて、なるほど形は袴に少し似ていた。
「うん。うーん」
首をひねりながら、タケミがそれを見つめる。
しばらくしてまた棚に置いた。
タケミは何度かそれを繰り返した。
私は何も意見を言うことができず、積み上げられていく服をおろおろと見ることしかできなかった。
いくらか進んだところで、タケミがひとつの扉の前で足を止めた。
扉の上には筆記体の看板がある。流暢すぎて私には店名が読めない。ただ扉には『CLOSED』と、こちらはブロック体で読みやすい看板がかかっていた。
「えっと……閉まってる?」
確かそういう意味だったと思う。お姉ちゃんが持ってきてくれたマンガにこういう場面があって、お姉ちゃんに意味を聞いたことがある。
「うん、閉まってる」
そう言ったくせに、タケミはドアノブに手を掛け、回した。
ドアはすんなり開いてしまった。
「おーい、お客様だぞ、神様だぞ」
タケミがふてぶてしくそう言いながら、お店に入っていく。
神様って言っちゃっていいんだろうか、そう思いながら、私は慌てて追いかける。
「わあ……」
その中の第一印象は狭苦しい、だった。
薄暗く、雑然としている。
内装が主に木で出来ているせいか、コンビニとも学校とも、まったく雰囲気が違う。
そしてそこには所狭しと服が置かれていた。たくさんのカラフルな服。
マネキンに着せられているもの、ハンガーに掛かっているもの、棚にたたまれているもの。
服屋さんだ。それがわかった。
「正確には古着屋だな」
タケミがそう注釈を入れた。
ぎゅと間を詰めるように置かれた服は、なんだか身を寄せ合っているようで、不思議なあたたかみを感じた。
お店には窓がなかった。橙色のランプの明かりだけが店内を照らしている。
店内はきりっとした香りがしていた。お香だろうか。お香ならお宮でも焚かれていたけれど、これは嗅いだことのない香りだった。
「おーい、店長ー」
「聞こえてるよ」
不機嫌そうな声が返ってきた。
お店の奥から、人が出てきた。
女性だ。年上の女性。無造作に髪を束ねているが、それがゆったりとした洋服と妙に似合っていた。
彼女は顔をしかめながらこちらへやって来て、タケミの顔をじろりと睨んだ。
私は人の年齢を知らない。
実の父ですら、年齢について聞いたことはなかった。
わかるのは自分とお姉ちゃんの年齢くらいだ。
だから目の前の人がいくつかぱっと見でわからない。
私や姉より年上だと思う。父とは同じくらいかもしれない。
タケミよりも年上に見えたけれど、そもそもタケミは神様だから、彼の年齢を人間と同じように考えるのは、たぶん間違っているのだろう。
「なんだい、久しぶりに顔見せたと思ったら、朝っぱらから勝手に店に入って来やがって。しかも言うに事欠いて神様だあ? お客様は神様です、なんて言葉はもう絶滅したんだよ」
なるほど。タケミの言っていた神様とはそういう意味なのか。普通は素直に受け取られない冗談のようなものなのだ。
そこで店長さんが私の方をじっと見た。
「しかも、誰だい、その子。子供は学校に行く時間だよ」
学校には、さっき行ってきたばかりだ。
そういうことでは、ないのだろうけれど。
私の方を見る店長さんの目は、思っていたより厳しくなかった。
どこか思慮深くじっとこちらを探るように見ている。
「……似合わないね」
視線を服の方に落とした彼女に、きっぱりと切り捨てられた。
「はい……」
タケミにも言われたし、自分でもそう思うので、反論はない。
「はあ……。いいよ、もう、勝手に選びな」
めんどくさそうにそう言って、彼女は木のイスに腰掛けた。
「店長、そんなこと言わずに似合う服見繕ってやってくれよ」
「お前、どんだけツケ溜めてると思ってるんだい。それで時間外に接客までやらせようって、いくらなんでも面の皮が厚すぎんだろ」
「あはは」
容赦のない言葉を浴びせかけられても、タケミはこともなげに笑った。
「あたしは選ばないよ、あんたが選んでやりな。寸法くらいは見てやるから」
店長さんは投げやりにそう言った。
「……俺、かあ」
タケミは初めて困ったような声を出した。
「俺にそんなセンスないぞ、店長。知ってるくせに。そんなやつに初めての服を選ばれるなんて、茜がかわいそうだろう」
「初めて?」
店長さんは一瞬怪訝そうな顔をしたが、その話題に拘泥しなかった。
「知らないよ、かわいそうかどうかなんて本人に聞きな」
店長さんがまたこちらを見たので、私は慌てて口を開く。
「あ、えっと、私は、大丈夫……」
「うーん……」
私の言葉はタケミを余計に困らせたらしい。
けれどもすぐに笑顔になって、こちらへやって来た。
「よし、じゃあ、一緒に選ぼう」
「は、はい」
こうして私は、タケミのあとに続いて、居並ぶ服の中に分け入った。
ハンガーに掛けられた服がぎゅうぎゅうに詰まっている。その隙間にタケミがぎゅっと手をねじ込んで、二枚の上衣を取り出した。
一枚はタケミがジャケットの中に着ているような派手な色のシャツ、もう一枚は毛糸で編まれた暖かそうな服。
「うーん……」
タケミは私の前にその服を突き出して、交互に重ね合わせた。
「シャツはカラフルすぎるかな……、セーターもぶかぶかだ。茜、これ、興味あるか?」
「えっと……」
じっと見る。
興味はある。けれども私にとってはそもそもこの店にあるほとんど全部が等しく興味深い。
この中から一組を選ばなければいけないなんて、途方もないことに思えた。
「保留だ、保留」
ふたつの服を棚の上にぽいと置いて、タケミがまた服を漁りだす。
「ズボン……スカート……。巫女服に近そうなのは、キュロットとかか?」
タケミがぶつぶつ言いながら、服を眺めていた。
キュロットが何かは知らないが、どうやら私が着やすいことを重視して、服を探してくれているらしい。
そしてタケミが見つけ出した茶色のズボンは裾の方が広がっていて、なるほど形は袴に少し似ていた。
「うん。うーん」
首をひねりながら、タケミがそれを見つめる。
しばらくしてまた棚に置いた。
タケミは何度かそれを繰り返した。
私は何も意見を言うことができず、積み上げられていく服をおろおろと見ることしかできなかった。