なぜ、こんなにも腹が立つのだろう。たかが旧家の秘蔵っ子に自分が大人げもなく怒鳴り散らすなんて。
 あのときの状況を思い出すだけでイライラする。主に、自制できなかった自分自身に。

「瞳~、あんたに荷物が届いているよ。また本なの? ほんとに色気がない」
「そこに置いといて! 本と色気は関係ないって言ってるでしょ!」

 まったく。瞳は取り寄せた書籍が入っているであろう重たい段ボール箱を軽々と持ち上げ、自分の部屋へと持っていく。
 大学をでて、蒼谷で就職活動すると言った瞳を両親は猛反対した。ここにいても仕事どころか良縁すら転がっちゃいないと。
 だが瞳は分校で前任の司書が亡くなったため大至急募集していた図書館の管理人に大学在学中に選ばれ、今年の春、正式雇用に至ってしまった。
 分校の図書館とはいえ、地元の住民からも頼りにされている立派なレンガ造りの建物である。数年前に改築されているため、離れた場所にあるオンボロ校舎からは「叡智の新城」とからかわれることもある。
 蒼谷旧家の長でもある深森理事長が直々に瞳を正式に雇いたいと頭を下げに来たこともあり、渋っていた両親もいまは認めてくれている。
 瞳は地元の生徒たちのために働くことを誇りに思っている。自分もまたこの地で生まれ育ち、この分校図書館、当時は「叡智の古城」だったが……で多くの物語と知識を手に入れたから。
 たしかに何もない田舎だから、友人たちはみな高校卒業と同時に都心部へ飛び出していった。自分も葉幌で三年ほど一人暮らしを経験したから理解できるが、あの誘惑に満ちた世界へ一度入ったら、自分からわざわざ出ていく物好きもいないだろう。欲しいものはすぐに手にはいるし、遊ぶ場所には事足りない、交通機関は間隔を置かずに次から次へとやってくるし、なんせ、大型書店に行けば欲しい本がすぐに手に入る! いくら通信技術や流通が発達したとはいえ、山間部の蒼谷はいまも携帯電話が繋がらない。
 海を渡ってかの国の本島から辺鄙な北国に品物を取り寄せるとなると、最低十日は見積もらなくてはならないのだ。現にさきほど届いた書籍類も二週間前に注文したものである。そのうちの一冊を手に取り、瞳は感慨深げに呟く。