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 蒼谷岳の中腹にある白峰神社。そこは集落の人間にとって神域であるとともに禁域であるとされている。かつては蒼谷を統治したという白狼大神がこの地に光臨し、人々に恩恵を与えたとされているが、現在は朽ち果てた社がわずかに残るだけで、その周辺が獰猛な狼の住処となっているため近寄る人間は誰もいない。
 だが、年に数回、この土地を管理する三上一族だけは立ち入りを禁じられた蒼谷の奥地に入ることが許される。
 北海大陸全体に伝わる、古代の伝説。その身に神を宿らせることができると崇められた神主の一族、それが「ミカミ」。
 三上白狼もまた、伝説の生き証人のひとりとして級友たちから距離を置かれている。
 本人は昔の話だと一蹴するが、気づけば学校ではすっかりイジられ役になっていた。白狼自身、そのほうが気楽だからと道化になっているところもあるが、自分よりも立場が上にあたる優牙まで標的にされるのは正直煩わしい。

「中二病患者はひとりで十分だって、ねぇシローくん」
「いや、シローの身内だったらこのくらいのキャラいてもおかしくねぇよ」
「でも蒼谷旧家っていまじゃ三上や石動(いするぎ)くらいしか残ってないんじゃなかったっけ、白峰なんて聞いたことない」
「そういやじーちゃんが言ってた、三上家や深森(ふかもり)家が仕えていたのが白峰の狼神さまだって……マジか?」

 とはいえ、白狼の心配を余所に、優牙は休み時間の喧噪を他人事のように受け止めている。さすがに蒼谷を牛耳る旧家、三上一族が仕えた神の姓を持つ優牙本人に直接声をかける猛者はいなかったが、そのぶん白狼が対応に苦労することになるのであった。