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 六月の風が吹く。桜は青々とした葉桜になり、入れ替わるように青紫のラベンダーが芳香とともに蒼き谷を包み込む。
 深森の暴挙から半月。彼はそのときの記憶を失ったため、葉幌の病院で療養している。三柱の神が揃ったからか、厄神は姿を消し狼の被害も下火になった。旧家はうさぎのことなどなかったかのように振る舞い、瞳も相変わらず図書館でのんびり仕事をしている。
 ただ、以前と違うこともいくつかある。

「なんでまだいるのよ」
「そうだそうだ、海に還れ!」

 瞳が図書館で作業しているとき、なぜか姿を消したままの黒狼も一緒にいるのだ。白狼はそれが面白くない。授業中もこの二人が一緒にいるのかと思うと口惜しくて仕方がない。優牙はそんな白狼から「これが嫉妬か!」と感情を学び、引き続き学校生活を楽しんでいる。

「ヒトミが幸せになるまで見守るのがオレと卯月の約束なの。だから傍にいる。悪いか?」

 瞳の手の甲にはいまも紫狼地神の刻印が残っている。だから黒狼も優牙も手だしできないのだが、白狼はそんなこと知らない。
 そんな三人のやりとりを見て、瞳は困ったように唇を尖らせる。

「図書館での私語は慎んでくださいね」
「了承した」
「な、ちょっと待て!」

 優牙は素直に頷き黒狼を引きずっていく。残された白狼は瞳とふたりきりにしてくれた優牙の背中を心の中で拝みながら、彼女に告げる。

「待っていてくださいね。先生は、俺だけのファムファタルなんですから」
「そこまで言うなら……って、莫迦なこと言わないでよもうっ!」

 瞳が恥ずかしそうに目を伏せる。あのとき垣間見た泣き濡れたうさぎのような緋色の瞳を思い出し、いつかその熱い瞼に唇を寄せて愛を囁きたいと、白狼は密かに想いを馳せる。
 けれどもそれは……もう少し先の神謡(おはなし)



――fin.