深紅の血が地面へ滴り、ピキッピキッ、と硬いものが砕ける音が響く。

「な……?」

 深森が持つ宝刀が粉々になっていた。そして強風に煽られたのか彼の身体が瞳を弾くように吹っ飛んでいく。
 地面に頭から激突した深森は意識を失ったのか、ぴくりとも動かない。その横で優牙と黒狼が「桜はまだ散っておらぬ、それに三柱集まればなんとかなる」「厄神は浄化済みだ。早まるな」と毒づきながら彼を拘束していく。

「――あ」

 瞳は血まみれの手のひらを見て、いまになってどうしようとおろおろしている。そんな彼女の手首をそっと掴んで白狼は嘆息する。

「あぁ、こんな無茶して……」
「……しろう、くん」
「やっと喚んでくれましたね」

 シロー、と級友たちが呼ぶような気の抜けた呼び方ではない、紫の狼、という想いが籠った彼のほんとうの名前。

「……怖かった、の」

 彼の真名を呼ぶことが、喚ぶことが。

「そっか」

 瞳はもしかしたら勘付いていたのかもしれない。白狼と名付けられた彼に秘されたもうひとつの真名()の意味を。
 手のひらから滴っていた血液はいつの間にか止まっていて、痛みもない。白狼が一時的にちからを使ったのかもしれない。
 もう大丈夫と手を放そうとする瞳から、白狼はそっと己の手をはがし、彼女の身体を抱き寄せる。

「いまだけでいい。俺の愛するうさぎでいて」

 そして、嗚咽を堪える瞳を包み込みながら囁いた。