「おとなしく殺される覚悟はできているようだね」

 瞳が抵抗することなく事実を受け入れている姿に拍子抜けしているのか、深森は乾いた笑みを浮かべた。それを見て、瞳も嗤う。

「緋の鳥居家の長女だけが継承している秘密は必要ないのですか?」
「君は鳥居家の長女ではない」

 バサリと切り捨てられ、瞳ははじめて焦りを見せる。このひとに切り札は効かない。

「……わたしが死んだら白狼大神は」

 うさぎを探しに永い眠りから目覚めた山の狼神。優しい牙で、うさぎを殺せなかった愚かな神様。彼はまた、人間にうさぎを殺されてしまうと知って、どう思うだろう?

「悲しむかもしれない。だが、それで蒼谷全体が浄化され厄神が滅ぶなら問題ない」

 あくまで蒼谷のためだと深森は思っているらしい。そのためなら瞳ひとりの犠牲などたいしたことではないのだろう。

「運命は繰り返されるものだ」

 あきらめろ、と瞳の心臓めがけて、陽光に照らされた宝刀の剣先が動く。
 星のように煌めく銀の輝きが、目を眩ませる。想像以上の煌めきに深森も驚いたのか、心臓を狙っていた剣の先端がぶれた。
 その瞬間、瞳は刃先に手を伸ばし、ぎゅっと握りしめて声を張り上げる。風が生まれる。瞳を中心に、桜吹雪が舞いあがる。

「ウェラカパ、レラ、イコロスオプ!」

 神よ集え、桜吹雪の舞う場所へ……!

 ――ヒトミや。魔法の呪文を教えてやろう。
 紅緋の兎姫は、神々を喚ぶことができる。
 地と山と海の狼神を。

 紫金(イコロスオプ)白銀(ウバシアッテ)蒼黒(レプンシララ)、三柱の神を!