* * *
雪の白峰は山でうさぎの神力を求める。緋の鳥居はうさぎの生まれ変わりを育て、紫の石動は監視する。桜の花幡は守護という名の檻を、橙の神酒は大陸の外から出ることを拒む枷を遺した。海の沖磯はうさぎを葬り、黄の月離野は魂を導く。
「水の三上は神々のご機嫌取り。山と海の狼神の間でうさぎの正体を見極める。彼女が紅緋うさぎか、月白うさぎか」
瞳は深森に連れられオンボロ校舎の裏手にある小高い丘に立っていた。囲むように植わっている桜の花は既に散っており、花びらが雪のように降り積もっている。
「けれど現在、海の狼神はおらず、山の狼神だけがうさぎを探しに降りてきた」
五月も半ばだというのに、山頂付近に残る雪のせいか、肌を弄る風はとても冷たい。上着を羽織る暇もなく外へ出たため、寒いことこのうえない。
「だが、白狼大神に求められつつも契りを交わしていない君は、神嫁になれなかった」
それはつまり、山の供物……生贄になることが決まったようなものだと深森は淡々と告げる。いつしか彼は無表情のまま、手のひらから手品のように剣を取り出し、瞳へ向ける。
「動じないんだね」
「調査済みです。緑の深森の役目は、生贄の烙印を押されたあかうさぎを殺すこと」
すべて黒狼が教えてくれた。神々が眠っている時代でも、災いが起これば神に生贄を捧げなくてはいけないからと鳥居家の長女が有無を言わさず選ばれ、山の供物となっていたこと。だが、平穏な時代は女児が生まれず、むしろ男児が多かったこと。卯月が生きた時代は前年に震災があり、数百年ぶりに生贄を投じるはずだったということ……
千年前に優牙の前でうさぎを殺したのは、緑の深森の人間だ。優牙が殺せなかったうさぎを殺したことで、ひとびとから疫病の災厄から救い出したと畏れられ、一族は蒼き谷で勢力を拡げていった。八綾のなかで唯一、神を恐れぬ一族だとも言われている。
雪の白峰は山でうさぎの神力を求める。緋の鳥居はうさぎの生まれ変わりを育て、紫の石動は監視する。桜の花幡は守護という名の檻を、橙の神酒は大陸の外から出ることを拒む枷を遺した。海の沖磯はうさぎを葬り、黄の月離野は魂を導く。
「水の三上は神々のご機嫌取り。山と海の狼神の間でうさぎの正体を見極める。彼女が紅緋うさぎか、月白うさぎか」
瞳は深森に連れられオンボロ校舎の裏手にある小高い丘に立っていた。囲むように植わっている桜の花は既に散っており、花びらが雪のように降り積もっている。
「けれど現在、海の狼神はおらず、山の狼神だけがうさぎを探しに降りてきた」
五月も半ばだというのに、山頂付近に残る雪のせいか、肌を弄る風はとても冷たい。上着を羽織る暇もなく外へ出たため、寒いことこのうえない。
「だが、白狼大神に求められつつも契りを交わしていない君は、神嫁になれなかった」
それはつまり、山の供物……生贄になることが決まったようなものだと深森は淡々と告げる。いつしか彼は無表情のまま、手のひらから手品のように剣を取り出し、瞳へ向ける。
「動じないんだね」
「調査済みです。緑の深森の役目は、生贄の烙印を押されたあかうさぎを殺すこと」
すべて黒狼が教えてくれた。神々が眠っている時代でも、災いが起これば神に生贄を捧げなくてはいけないからと鳥居家の長女が有無を言わさず選ばれ、山の供物となっていたこと。だが、平穏な時代は女児が生まれず、むしろ男児が多かったこと。卯月が生きた時代は前年に震災があり、数百年ぶりに生贄を投じるはずだったということ……
千年前に優牙の前でうさぎを殺したのは、緑の深森の人間だ。優牙が殺せなかったうさぎを殺したことで、ひとびとから疫病の災厄から救い出したと畏れられ、一族は蒼き谷で勢力を拡げていった。八綾のなかで唯一、神を恐れぬ一族だとも言われている。