* * *
正直、旧家の人間は苦手だ。ともに手を取り合いながら、平気で互いの足を引っ張りあい、閉鎖された蒼き谷を箱庭にして我がもの顔でふるまいつづけている。黒狼にとって実家は肩身の狭い場所でしかなかった。
古くからつづく伝承のせいで緋の一族は長女を神様の生贄として育て続け、他の一族は神に生贄を捧げるためだけに彼女を護ったり殺したりしている。神々に愛され、愛されすぎた緋の鳥居家の兎姫。卯月はまさに生贄にされるはずの呪われた乙女だった。
だから卯月と黒狼は運命から逃れるため、ふたりで海の藻屑になることを選んだ。
海の狼神が寿命を迎えていたことなど知らなかった。冥界に辿りついてそのことを知った卯月は黒狼の手を放し「ごめんね」と消えてしまった。ずっと一緒にいられると思ったのに、手に入れた瞬間、彼女は泡になってしまった。そのときに髪の色が抜けたのだろう。
そんな自分を冥神が心配し、海の狼神が死の間際に遺したという宝玉を飲ませてくれた。いま思えばそれは卯月が身に着けていた首飾りについていた一粒の真珠、代々鳥居家の長女だけが身につけることを許された秘珠だったのだろう。そして黒狼は卯月によって海の狼神の後継者になってしまった。
黒狼忌神。謎めいた海の狼神は蒼の沖磯家の人間と深い交流を持っていた。彼は人間に姿を転じた際、一羽のうさぎを罠から救った。その後、恩返しに来たうさぎを無下にせず、彼女が寿命をまっとうするまで狼の姿で傍においたといわれている。うさぎを失い悲しみのあまり海に籠ってしまった繊細な神様は、山の狼神が別の時代に転生したうさぎと結ばれたことも知らないし、人間に彼女を殺されその結果厄神が生まれたことも知らないでいた。
だというのに、そのまま海でひとびとに忘れ去られて朽ち果てていくだけだった神の前に、彼女はふたたび現れた。そして愛する人間の男性を海の狼神の後継者にさせたのだ。
――この秘珠がある限り、うさぎの魂は縛られたまま。これが最後の転生になる。生まれ変わったうさぎを助けて、黒狼!
正直、旧家の人間は苦手だ。ともに手を取り合いながら、平気で互いの足を引っ張りあい、閉鎖された蒼き谷を箱庭にして我がもの顔でふるまいつづけている。黒狼にとって実家は肩身の狭い場所でしかなかった。
古くからつづく伝承のせいで緋の一族は長女を神様の生贄として育て続け、他の一族は神に生贄を捧げるためだけに彼女を護ったり殺したりしている。神々に愛され、愛されすぎた緋の鳥居家の兎姫。卯月はまさに生贄にされるはずの呪われた乙女だった。
だから卯月と黒狼は運命から逃れるため、ふたりで海の藻屑になることを選んだ。
海の狼神が寿命を迎えていたことなど知らなかった。冥界に辿りついてそのことを知った卯月は黒狼の手を放し「ごめんね」と消えてしまった。ずっと一緒にいられると思ったのに、手に入れた瞬間、彼女は泡になってしまった。そのときに髪の色が抜けたのだろう。
そんな自分を冥神が心配し、海の狼神が死の間際に遺したという宝玉を飲ませてくれた。いま思えばそれは卯月が身に着けていた首飾りについていた一粒の真珠、代々鳥居家の長女だけが身につけることを許された秘珠だったのだろう。そして黒狼は卯月によって海の狼神の後継者になってしまった。
黒狼忌神。謎めいた海の狼神は蒼の沖磯家の人間と深い交流を持っていた。彼は人間に姿を転じた際、一羽のうさぎを罠から救った。その後、恩返しに来たうさぎを無下にせず、彼女が寿命をまっとうするまで狼の姿で傍においたといわれている。うさぎを失い悲しみのあまり海に籠ってしまった繊細な神様は、山の狼神が別の時代に転生したうさぎと結ばれたことも知らないし、人間に彼女を殺されその結果厄神が生まれたことも知らないでいた。
だというのに、そのまま海でひとびとに忘れ去られて朽ち果てていくだけだった神の前に、彼女はふたたび現れた。そして愛する人間の男性を海の狼神の後継者にさせたのだ。
――この秘珠がある限り、うさぎの魂は縛られたまま。これが最後の転生になる。生まれ変わったうさぎを助けて、黒狼!