()()()の最北端に位置する山岳の小村、蒼谷(そうや)
 北海大陸の中央に鎮座する多雪山系(たせつさんけい)によって遮られているため、現代でも排他的な地域と言われている。都市部に本校を持つ私立山吹学園蒼谷岳分校もまた、いつ廃校してもおかしくないと囁かれながら今日も少年少女たちの日常に佇んでいた。
 全校生徒が八十人に満たない山の中腹にそびえ立つ木造校舎はオンボロで、県庁所在地である葉幌(はほろ)にある本校と比べるとあまりの違いに涙がでてくるほどである。それでも地元の人間は生徒以外の地域住民も廉価で乗せてくれるバスが走っていることから、本校に分校の存続を求め続けている。
 生徒の多くも駅周辺に暮らしており、バスによる分校通いが板に付いている。いまさらここから片道二時間以上かかる本校に通えと言われても親元を離れて一人暮らしでもしない限り無理なのが実状だ。

「じゃあ、蒼谷を出るの?」
「高校卒業したらね」

 質素な濃紺のスカートにボレロ。女子の制服は中高同じデザインで、リボンの色で学年を判別するようにはなっているが、生徒数が少ないためたいてい誰がどの学年か理解できる状況だ。

「シロ。――みんな、蒼谷から出ていってしまうのだな」

 背後の会話をぼんやり耳にしたからか、隣の席でうとうとしていた学ラン姿の少年が小声で呟けば、シロと呼ばれた少年もまた、つまらなそうに首を振る。

「残念だけどいまは時代が違うんだ。若いものは刺激を求めて外の世界へ飛び出し、保守的な老人だけが古くからあるモノとともに暮らすことを余儀なくされている」
「諦めを抱いておるのか?」
「それは自分の目で確かめるしかないんじゃない?」

 だいいち俺はお前とは違うと淋しそうにこぼせば、少年もむむむと唸り、黙り込む。

「……質問を変えよう。このバスという乗り物はどういう原理で動いておるのか? 馬がこのちいさな箱の下部で走っておるのか?」

 見当はずれの質問に、シロは苦笑を浮かべ、応える。

「時代が違うって言っただろ。まったく、これで本当に学校生活を送れるのかねぇ」

 シロの言葉に不服そうに頬を膨らまし、少年は窓の外を見る。

「学校、か。そのような場にうさぎが潜んでおるとはな……」

 ようやく雪がとけ、新緑をのぞかせる蒼谷岳。その周辺を囲いこむように、満開になった五月の桜が道沿いに植えられている。
 バスの車窓から見える桜並木は、自分たちが目指す学校までつづいていた。