* * *
キィインと耳障りな音ともに、白狼の視界が回転する。
「誰か、誰かおらぬか!」
優牙の助けを求める声が静謐な空気を一変させる。すぐさま女中が現れ、白狼を介抱しにかかる。
彼の身に封じられていた神力が外に出たがっているのだろう、優牙は神謡を詠唱しようとするが、やってきた年配の男によって止められてしまう。
「大旦那」
なぜ止めるのだと優牙が睨みつけると、大旦那と呼ばれた男、三上一狼は重たい口をひらく。
「思い知らせてやれ。山の狼神よ。そもそもそなたはうさぎを殺めた人間に絶望し、永き眠りについていたのであろう? 厄神殲滅を約した主を我々は歓迎している。だというのに、なぜいまだにうさぎを食べていない? 愚息が躊躇いを見せているからか?」
優牙は白狼の父親の言葉に耳を疑う。うさぎを食べる? かつて愛した少女の魂を持つ女性……ヒトミを食べる?
――あなたにあたしは殺せない。だってあなたは優しすぎるから。
優しい牙、という人間としての名をつけてくれた卯の花。彼女は優牙にとって唯一のうさぎ、千年近くむかしの緋の鳥居の長女だった。
けれど彼女は殺された。怒り狂った旧家の人間たちに。そうだ、こんな風にけしかけられた。疫病が流行ったのはあの娘にうつつを抜かしているからだ、神力を持つ娘を食べろ、傍に置きつづけるだけならば意味などない、その牙で殺せ、殺せ、殺してしまえ……!
「他の連中も主が学校などに通い出すから動き出しているではないか。桜花などすぐ散ってしまう。もたもたしていたら狩られてしまうぞ」
「……シロを放っておいて、行けるものか」
「莫迦だなお前」
卑下したような笑みを張りつけて、優牙と対峙している一狼は、莫迦と弱々しく呟く息子を一瞥し、吐き捨てるように言う。
「息子と組ませたのは間違いだったかね。近づきすぎて神力を暴発させてしまうとは」
けれど山の狼神に面倒見てもらうわけにはいかないと、これは身に神を宿す三上家の宿命なのだと、一狼は嗤う。
「あいつは特別な神の器だ。だというのに覚悟が足りていない。その身に封じた神を打ち負かす覚悟が」
「そんな……」
そういえば優牙の狼狽する姿を初めて見たなぁと苦しみながら白狼は思い出し、くふふと声を漏らす。
「息子よ、何がおかしい」
「なぁ親父――あんまし俺の友達をいじめないでおくれよ」
キィインと耳障りな音ともに、白狼の視界が回転する。
「誰か、誰かおらぬか!」
優牙の助けを求める声が静謐な空気を一変させる。すぐさま女中が現れ、白狼を介抱しにかかる。
彼の身に封じられていた神力が外に出たがっているのだろう、優牙は神謡を詠唱しようとするが、やってきた年配の男によって止められてしまう。
「大旦那」
なぜ止めるのだと優牙が睨みつけると、大旦那と呼ばれた男、三上一狼は重たい口をひらく。
「思い知らせてやれ。山の狼神よ。そもそもそなたはうさぎを殺めた人間に絶望し、永き眠りについていたのであろう? 厄神殲滅を約した主を我々は歓迎している。だというのに、なぜいまだにうさぎを食べていない? 愚息が躊躇いを見せているからか?」
優牙は白狼の父親の言葉に耳を疑う。うさぎを食べる? かつて愛した少女の魂を持つ女性……ヒトミを食べる?
――あなたにあたしは殺せない。だってあなたは優しすぎるから。
優しい牙、という人間としての名をつけてくれた卯の花。彼女は優牙にとって唯一のうさぎ、千年近くむかしの緋の鳥居の長女だった。
けれど彼女は殺された。怒り狂った旧家の人間たちに。そうだ、こんな風にけしかけられた。疫病が流行ったのはあの娘にうつつを抜かしているからだ、神力を持つ娘を食べろ、傍に置きつづけるだけならば意味などない、その牙で殺せ、殺せ、殺してしまえ……!
「他の連中も主が学校などに通い出すから動き出しているではないか。桜花などすぐ散ってしまう。もたもたしていたら狩られてしまうぞ」
「……シロを放っておいて、行けるものか」
「莫迦だなお前」
卑下したような笑みを張りつけて、優牙と対峙している一狼は、莫迦と弱々しく呟く息子を一瞥し、吐き捨てるように言う。
「息子と組ませたのは間違いだったかね。近づきすぎて神力を暴発させてしまうとは」
けれど山の狼神に面倒見てもらうわけにはいかないと、これは身に神を宿す三上家の宿命なのだと、一狼は嗤う。
「あいつは特別な神の器だ。だというのに覚悟が足りていない。その身に封じた神を打ち負かす覚悟が」
「そんな……」
そういえば優牙の狼狽する姿を初めて見たなぁと苦しみながら白狼は思い出し、くふふと声を漏らす。
「息子よ、何がおかしい」
「なぁ親父――あんまし俺の友達をいじめないでおくれよ」