* * *

 家に戻り自室の扉を開け、ドサリと仕事鞄を床に落とし、はぁとため息をつく――結局、言えなかった。

「お、いま帰ってきたのか」

 ん? 瞳はゴシゴシと自分の両目をこすり、両手で両頬をつねったところで部屋のなかにいる男に腕を捕まれて硬直する。

「……な、なんでいるんですかっ!」
「なぜって、ここにいれば確実だろ?」
「はぃ?」

 そこにいるのは確かに昨晩突然出現した銀の髪に碧い双眸を抱く男だった。よくよく見ると、瞳よりふたつみっつ年上のようだが、人間と同じように判断することはできないだろう。優牙がバスのなかで口にした「人ならざるモノ」という表現がなんとなくしっくりくる。

「言ったよな? うさぎを狩るって」
「それは、言っていたような……」
「お前の勤務先に行くと、旧家のうるさいのがいるじゃないか。ならば神力の薄い紫の分家の元に潜んでいた方がオレにとって安全だし」

 飄々としている男は相変わらず瞳の腕を掴んだまま、じりじりと近づいていくる。

「な、なんで近づいてくるんですかっ!」
「もうちょっと危機感持った方がいいぞ? うわっ、マーキングされてんじゃねーか。狼神のヤロー、厄介なことしやがって」

 これじゃあ抜け駆けできねーよ、とぼやいた男はこの世の終わりが訪れたかのようにがくりとうなだれ、しっかり掴んでいた瞳の腕をはなす。

「……なんなのよいったい」

 とりあえず、危機は去ったらしい。瞳はさきほどまで自分をどうこうしようとしていた男の前で肩を竦める。

「ねぇ、さっき狼神って口にしていたけど。()()あなたが、()()を知っているの?」

 瞳の言葉に、びくりと男の身体が反応する。