「心中、ですよね」
白狼が旧家の老人たちの噂話で小耳にしたことを小声で話せば、彼女はこくりと頷く。
そして、黙って耳を傾ける優牙の方を見て微苦笑する。
「緋の鳥居家には、長女だけに代々受け継がれている秘密があるんですって。あなたたち旧家の人間はきっと、その秘密を探しているのでしょう?」
他人事のような瞳の声がこぼれ落ちる。
白狼は彼女の周りに彼女自身を守護する結界とは異なる、荊の鎖のような頑なな壁の存在に気づき、ふと手元を見つめる。
瞳の手はふるえていた。
彼女自身、わけがわからないのだろう。
「わたしはそれを、知らないけれど」
瞳の母が蚊帳の外に置かれているのだ。瞳が知っているわけがない。
「昨日の夜、銀髪碧眼の男のひとが――」
がたん! とおおきな音を立ててバスが止まる。中継点の麓の駅前に到着したらしい。ぞろぞろと乗客が降りていく。そのなかの生徒たちが瞳の姿に気づいたのか、朗らかに笑いかけ、手を振ってくる。
「瞳先生、さようなら」
「また明日!」
「先生モテモテだね~」
きゃっ、と笑いながらステップを降りていく少女たちを見て瞳がおおきな眼を丸くしている。意味を理解したのかそのまま顔を真っ赤にして困惑するさまを見て、白狼はにやにやしながら彼女の手を取り、その甲へ口づける。
「ちょ、シローくん!」
ひんやりしていた彼女の手が、白狼に口づけられて熱を帯びてゆく。まるで他の乗客へ見せつけるような彼の突然の仕草に、瞳だけでなく優牙もぽかんとしている。
「瞳先生。俺じゃ心許ないかもしれません。けれど、貴女がその緋色の美しい兎だというのなら」
「……冗談じゃないわ」
弱々しく瞳が呟くと、白狼はそれ以上何も言わず彼女の手をそっと包み込む。優牙はそんな彼を見て、興味がなさそうに窓の向こうへ視線を傾ける。
プップー、とまたもや場違いなバスの発車音が響き、ガタガタと箱が動き出す。麓の駅前から五分も経たないうちに「まもなく紫蘇洗」と電光掲示板の案内が灯る。
「紫蘇洗~、しそあらいぃ」
何事もなかったかのように濁声の運転士が声をあげ、降車する者へ準備を促す。それに気づいた瞳は黙ったまま白狼の手を振り払い、わざと大きな音を立てて立ち上がる。そのまま逃げるように席から離れ、停車とともに、タラップを駆け下りる。
走り去るバスを見送ることもせず、瞳の姿は消えた。
「あんまし彼女にいれ込むな……シロ」
瞳が抜けたバスのなかで、咎めるように優牙が口をひらく。
「お前が言っていたではないか、緋の一族はもういないと」
「ああ。わかっているさ」
けれど、と白狼は苦しそうに唸り、きつく拳を握りしめ、白狼は優牙に懇願する。
「それでも、救いたいんだ」
白狼が旧家の老人たちの噂話で小耳にしたことを小声で話せば、彼女はこくりと頷く。
そして、黙って耳を傾ける優牙の方を見て微苦笑する。
「緋の鳥居家には、長女だけに代々受け継がれている秘密があるんですって。あなたたち旧家の人間はきっと、その秘密を探しているのでしょう?」
他人事のような瞳の声がこぼれ落ちる。
白狼は彼女の周りに彼女自身を守護する結界とは異なる、荊の鎖のような頑なな壁の存在に気づき、ふと手元を見つめる。
瞳の手はふるえていた。
彼女自身、わけがわからないのだろう。
「わたしはそれを、知らないけれど」
瞳の母が蚊帳の外に置かれているのだ。瞳が知っているわけがない。
「昨日の夜、銀髪碧眼の男のひとが――」
がたん! とおおきな音を立ててバスが止まる。中継点の麓の駅前に到着したらしい。ぞろぞろと乗客が降りていく。そのなかの生徒たちが瞳の姿に気づいたのか、朗らかに笑いかけ、手を振ってくる。
「瞳先生、さようなら」
「また明日!」
「先生モテモテだね~」
きゃっ、と笑いながらステップを降りていく少女たちを見て瞳がおおきな眼を丸くしている。意味を理解したのかそのまま顔を真っ赤にして困惑するさまを見て、白狼はにやにやしながら彼女の手を取り、その甲へ口づける。
「ちょ、シローくん!」
ひんやりしていた彼女の手が、白狼に口づけられて熱を帯びてゆく。まるで他の乗客へ見せつけるような彼の突然の仕草に、瞳だけでなく優牙もぽかんとしている。
「瞳先生。俺じゃ心許ないかもしれません。けれど、貴女がその緋色の美しい兎だというのなら」
「……冗談じゃないわ」
弱々しく瞳が呟くと、白狼はそれ以上何も言わず彼女の手をそっと包み込む。優牙はそんな彼を見て、興味がなさそうに窓の向こうへ視線を傾ける。
プップー、とまたもや場違いなバスの発車音が響き、ガタガタと箱が動き出す。麓の駅前から五分も経たないうちに「まもなく紫蘇洗」と電光掲示板の案内が灯る。
「紫蘇洗~、しそあらいぃ」
何事もなかったかのように濁声の運転士が声をあげ、降車する者へ準備を促す。それに気づいた瞳は黙ったまま白狼の手を振り払い、わざと大きな音を立てて立ち上がる。そのまま逃げるように席から離れ、停車とともに、タラップを駆け下りる。
走り去るバスを見送ることもせず、瞳の姿は消えた。
「あんまし彼女にいれ込むな……シロ」
瞳が抜けたバスのなかで、咎めるように優牙が口をひらく。
「お前が言っていたではないか、緋の一族はもういないと」
「ああ。わかっているさ」
けれど、と白狼は苦しそうに唸り、きつく拳を握りしめ、白狼は優牙に懇願する。
「それでも、救いたいんだ」