「誰?」

 瞳が本から顔をあげて振り返れば、異様な姿の銀髪碧眼の青年がいる。まるでついさっき読んだ狼神がひとになって現れたかのようで、瞳はぽかんと半分口をあけたまま、彼を見つめる。

緋兎美(ヒトミ)だな」
「……あの、どちらさま」

 傲岸不遜な態度はついさっきまで彼女を悩ませた少年にそっくりで、すわ兄弟か!?と思ってしまうほど。けれど、ここにいる青年は世間知らずな優牙と違い、人間らしさがまったく感じられない。なんというか、寒々しいのだ。瞳を見下ろす目も冷めていて、氷の塊のように感じられてしまう。
 瞳がふるりと身体を震わせる様を見て、男は嗤う。

「お前が()んだのではないか?」
「え」

 喚ぶって、何? そもそも、自分はこんな男のひとを自分の部屋にあげた覚えがない。ただ、ずっと読みたかった本を手に入れて、夢中になってしまったがゆえに知らず知らずのうちに本文を声に出してしまっただけで……

「えぇっ!」

 それでは、ここにいるのは狼神なのか? たしかに、言われてみれば神々しさを感じないでもない。けれど、疑問も残る。狼神を名乗る人間なら、すでに――……

「お前が生まれ変わりふたたびまみえるこのときを待っていたぞ」

 口をパクパクと酸欠状態の金魚のようにひらいたまま、瞳は言葉を投げかけてくる青年を見上げる。碧の、澄み切った海を彷彿させる未知なる双眸は、まったくもってこの土地には似合わない。

「……山の狼神じゃない?」

 白狼大神には見えないと、瞳の直感が告げていた。