「そして、うさぎが人間の娘になった際に身を置いた緋の鳥居……あれ?」

 おかしい、旧家は九家のはず。狼神が人間に姿を化した際に名乗る白峰を含めてぜんぶで九つあるはず、なのにこの本にはぜんぶで八つしか載っていない。

「……なんで?」

 何か見落としていると、瞳は慌てて頁を捲る手を止めて読み返す。

「やっぱりこれ、八つしかない……ちょっと待って」

 大学の卒論で北海大陸の神謡について調べた際にコピーした資料を取り出してみると、そこには異なる単語が記されている。

「ウェラカパ、レラ、レプンシララ……?」

 だが、現在では使用されていない古語で記されているため、判断できない。

「あぁ、この資料だけあっても翻訳してくれる人間がいないと意味ないんだった」

 瞳は項垂れて本とコピーを見比べる。自分が引用したのは葉幌の神謡だけだったのでそれ以外の部分、蒼き谷にまつわる神謡はノータッチだったのだ。まさか今になって読み返すことになるとは思いもしなかった。
 いくら研究対象にしたとはいえ、自分は神謡の古語など理解できないし、継承は口語が中心だったため辞書もない。いまではほんのひとにぎりの人間……それこそ旧家に属する限られた人間が神事の際にしか口にすることはない。

「ウバシアッテ、イノンノイタックル、イヨマレピサック、キムンヌサ、イコロスオプ、ソコンニイナウ、チュプ・アヌンコタン、トゥペンニ、レプンシララ……」
 ――そう、流れるようなカイムの古語。

 するり、と空気に溶けるように流れ落ちた言葉に、瞳はハッとする。違う、これはわたしが口にした言葉じゃない。